八代亜紀『夜のアルバム』

夜のアルバム

夜のアルバム

プロデュースに小西康陽を迎えたことで話題になっているアルバム。小西のプロデュース作品としては、夏木マリと並ぶ、歌手の個性を生かした完成度の高い仕上がりになっています。
「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」〜「クライ・ミー・ア・リヴァー」〜「ジャニー・ギター」と続く冒頭の流れは、抑制されたシンプルなサウンドに八代のまろやかな声が絡んでくることで、まさに夜の静謐さを感じさせるものになっています。そして続くのが「五木の子守唄〜いそしぎ」。静謐なムードを切り裂くかのようにイントロで緊張感あるストリングスが聴こえてくる瞬間は、マイルス・デイヴィスの「ラウンド・ミッドナイト」のあの有名なブリッジ部分を思わせるドラマティックな響きがあります。まるで異なるジャンルの曲を自然につなげたアイディアの妙はまさに小西ならでは。本作の白眉の1曲といえるでしょう。
そして「サマータイム」以降はりりィのカヴァー「わたしは泣いています」での歌謡曲風味や「ワン・レイニー・ナイト・イン・トーキョー」のボッサ・タッチなど、アルバム全体の雰囲気は保ったまま音楽性に拡がりが出てきて、単調に陥らないようにしているのも見事です。
もちろんどの曲でも中心になっているのは八代の歌。時折りコブシがまわるところや、日本語詞を歌うところで演歌を感じさせる瞬間がしばしばあるので、いわゆる本格的なジャズ・ヴォーカルを求める人には不満があるかもしれません。しかし、こうした部分があるからこそ、このアルバムは単なるこじゃれた音楽で終わらず“八代亜紀のジャズ・アルバム”となっていると思います。私にとっては八代の声の魅力を改めて教えてくれた、刺激的な一枚でした。この秋の夜長にしばしば耳を傾けることになりそうです。