インゴ・メッツマッハー「新しい音を恐れるな」

新しい音を恐れるな 現代音楽、複数の肖像

新しい音を恐れるな 現代音楽、複数の肖像

ドイツの指揮者、インゴ・メッツマッハーによる現代音楽ガイド。私の知る限り現代音楽への最良の入門書だと思います。まず「ぼくの父」「ある作曲家との対話」の章が前置きとしておかれ、各論に進みます。各章はそれぞれ完結しているので、どこから読んでも良いのですが、最初から順番に読んだ方が良いでしょう。というのは抽象的な命題の項目に続いて作曲家の項目な並ぶようになっているからで、まず「時間」に続いてアイヴズとマーラー。次に「色彩」でドビュッシーメシアン。「自然」の後にはシェーンベルク、ヴァレーズ。そして「ノイズ」にシュトックハウゼン、「静寂」とノーノ、「告白」にはハルトマンとストラヴィンスキー、「遊び」にジョン・ケージ。最後にエピローグとして「旅の途中で」と題された章で終わります。
この本の美点はいろいろあります。まずは20世紀音楽の諸問題をしっかり押さえた上で、平易な文章で記していること。次にシュトックハウゼンやノーノ等の作曲家との交流が生き生きと描かれていること。また、指揮者としての視点から曲の構造に踏み込んだ記述をしていることなのですが、なんといっても彼がこれらの音楽の持つ力を信じ、その愛情がまっすぐに伝わってくることが最大の魅力でしょう。この分野でこのような情熱を感じさせる文章ってありそうでなかったのですね。

偉大な作曲家たちは、すべての人に語りかけている。心を開いてさえいれば、その音楽は誰でも迎え入れてくれる。そしてぼくたちに向かって、つねに何かを語り続けている。それに耳を傾けてみる価値はある。絶対に。
(まえがき)

音楽を愛するすべての人々に対する呼びかけを、ぼくはアイヴズの音楽に聴く。「音楽を狭い枠に閉じ込めるな」音楽の世界は無限のものだから。
(チャールズ・アイヴズ)

メシアンにとって鳥は、天上と地上の仲介者、神の栄光を告げ知らせる使者、史上の歓喜を体現するものだった。
オリヴィエ・メシアン

新しい出会い、新しい土地、新しい知識に触れるのを楽しみにしよう。まだ誰も耳にしたことがないような音楽を夢見て、それがどのようなものかは、人それぞれに思い描けばいい。音楽が人の心に届くかぎり、未来はある。
(旅の途中で)

いくつか思いつくままに抜書きしましたが、この本の魅力が少しでも伝わっているでしょうか。現代音楽を聴くことは苦行でも知識人の特権でもなく、他の音楽と同様、歓びにあふれていることを教えてくれる好著です。