7/10 Ayuo and Seashell String Quartet〜ドビュッシー・パート1〜@公園通りクラシックス

マルコーニさんからのお誘いで行ってきた久々の公演通りクラシックス。Ayuoとドビュッシーと意外な取り合わせです。果たして普通にドビュッシーの曲を取り上げたものではない、様々な試みが為されたライヴでした。
ドビュッシー西洋音楽に窓を開けた人だと思っています。彼自身は部屋から外に出ることはなかったものの、彼が開いた窓からは、これまでの西洋音楽と異なる光景が拡がるのが見渡せ、エキゾティックな音や香りが漂ってきたのです。ドビュッシーの以後の音楽家はあるいは見える風景を写し取ったり、またあるいは窓から這い出したりすることで20世紀の音楽をかたちづくっていったのでした。
Ayuoがドビュッシーという窓から見た風景は古代ギリシャと中世の吟遊詩人だったようです。本人の弁によると昨年、歌曲「ビリティスの歌」に出会って「その歌曲は、中世の吟遊詩人の歌、中世の教会音楽の旋律、ギリシアビザンチン音楽などを連想させた。これらの音楽はバッハからブラームスの調性音楽が消えて行く中で作曲されている。そして僕はこれらの曲がモードで作曲している自分の世界と近い存在である事に気づいた」つまりモードを通してマイルス・デイヴィスギル・エヴァンスがスペインに、ジョン・コルトレーンがインドに接近したのと同じ現象が生じているわけですね。そして、中世ヨーロッパといえばイスラム文明との交流・衝突が活発だった時代。従って中東の音楽も必然的に視野に入ってくることになります。
こうした結果、この日の演奏形態はAyuo本人とSeashell String Quartetに、エジプトの打楽器、ダルブッカ奏者の立岩潤三、ベリーダンスのYOSHIE、東欧音楽に詳しい上野洋子が加わったものとなりました。開場当時はまばらだった客席も、スタートする刻限には立ち見も出るほどの盛況ぶり。客席には鈴木慶一やAyuoの父親である高橋悠治の姿も見えました。

ライヴは二部構成。まずはAyuoがドビュッシーに目を向けるきっかけとなった歌曲「ビリティスの歌」を中心としたプログラムでしたが、これはYOSHIEや上野洋子朗読する古代ギリシアの詩人ビリティス(実在してはおらず、作者ピエール・ルイスの生み出した虚構の人物)の生涯や詩、さらに歌曲と同じく「ビリティスの歌」の付随音楽として着手されたものの、草稿のままで止まった「6つの古代エピグラフ」の弦楽四重奏版を合い間に挟み込むという重層的な構造でビリティスの物語を綴っていったのです。YOSHIEは妖艶なベリーダンスで恋に生きた女性、ビリティスを鮮やかに表現。Ayuoも曲によっては一緒に踊ったり、仮面とつけたりするなどかなり演劇的なパフォーマンスを見せてくれました。こうして普段はなかなか窺い知ることができないドビュッシーの異教=異郷性と官能性が浮き彫りになったのです。
休憩を挟んで第二部。ここでは第一部で描かれたコンセプトを拡大する試みがなされました。まずはこの日のために書かれた上野洋子による弦楽四重奏曲ドビュッシーが多用した全音階だけで作曲された作品で、弦楽四重奏に打楽器が加わった編成。上野自身もタンバリンを叩いていました(私たちの席のすぐ側で叩いていたのですが、その姿はまるでリスのように愛くるしかったです!)。これもまた中東的なイメージが拡がる作品で、変拍子が多用されたあたりに上野さんらしさを特に感じました。
次にAyuoの新曲のコーナー。上野洋子によるアカペラ、ダンスと弦楽四重奏弦楽四重奏という3部構成によるものでしたが、ここでAyuoはビリティスに続く女性としてサロメを召還しました。ドビュッシーは友人の作家、ピエール・ルイスのサロンで多くの作家・詩人・画家に囲まれ、ハルモニウムを弾きながら詩を語ったり歌ったりしていたそうですが、そのサロンに来ていた作家のひとりであるオスカー・ワイルドがその場で即興的に語った物語をまとめたのがかの有名な戯曲「サロメ」であったことに基づいたものです。ここでは曲もさることながら、鮮やかな色彩の布を巧みに用いたYOSHIEのダンスが圧巻で見とれてしまいましたね。
そして古代ギリシアの詩人、中東の姫に続いて第3の異教=異郷の女性が加わりました。ギリシア神話に登場する蛇の下半身をもつ女、ラミアです。ここでAyuoはなんとジェネシスの名盤『幻惑のブロードウェイ』に収録されていた「ザ・ラミア」をカヴァーしたのです。まさかドビュッシージェネシスがこんな形で結びつくとは。ピーター・ガブリエルの演劇的なパフォーマンスで有名だった時代の曲なので、この日のステージでも特に違和感なく溶け込んでいました。Ayuoのヴォーカルの味も良かったし、蛇の動きを模したYOSHIEのダンスも魅力的でしたね。
最後は昨年発表されたAyuoのオリジナル・アルバムからの「Night in the Gallery」で幕。歌あり、朗読あり、踊りありの盛りだくさんな内容でドビュッシーの新たな側面に多面的にスポットを当てた刺激的なライヴでした。パート2は11月27日の予定です。まだ先の話ですが、ぜひこれにも行ってみたいと思わせました。