坂本龍一『Out of noise』

out of noise(数量限定生産)

out of noise(数量限定生産)

教授の新作をこんなに抵抗無く楽しめたのは一体いつ以来だっただろうか・・・。最初に聴いたときは「hibari」にサティ「ヴェクサシオン」を連想したり、fretwork参加曲に昨日取り上げた『The End of Asia』を思いだしたり、「Composition 0919」はほとんど「1919」だなあ、なんて感じていて、アルバム全体は極めてパーソナルだけど、今の自分の美意識をストレートに出したという点である意味『Beauty』と近い所にあるのではないか、などと考えてもいましたが、何度か繰り返し耳を傾けているうちにそういったことは全て“noise”に過ぎないのではないかと思うようになりました。既にこの新作を巡っては多くの方がレヴューを書かれているし、坂本自身の言葉もあちこちで接することが出来て、それぞれ読み応えのあるものが多かったのですが、にもかかわらずこのアルバムは言葉や物語性から遠ざかったところで響いている音に満ちているのです。そして、おかしな表現ですがそれらの響きにある“寡黙な充実さ”がこのアルバムの美点で、それはあの言葉がひたすら上滑りしていき、空虚さばかりが際立ってしまった『LIFE』や『CHASM』とは対極にあるものと思えます。
アルバムの統一感ということを考えるとピアノ・ソロ曲がない方が良かったかもしれません。でもそれだと例えばspekkレーベルのようなミニマル、アンビエント系のものと大差ない、匿名性の高すぎる作品になってしまう恐れがあります(もちろん音楽が良ければそれはそれで構わないのですが・・・)。そして、このアルバムでのピアノの響きはいつもと同じようで何かが違う。教授のピアノがこれほど説得力を持って響いて聴こえてきたアルバムは初めてです。それはアコースティック、エレクトロニクス、環境音などあらゆる音を一旦フラットにして見つめなおし、なおかつ自分の中心で鳴っているのがピアノであることをもしかしたら教授はこのアルバムで再認識したからなのではないでしょうか?なにはともあれ私にとっては90年代以降ずっと失望し続けだった教授とようやく和解できたような気持ちになった(^^;)、うれしい一枚でしたよ。