風来坊、プラハを往く(7)〜城と橋 その1〜

プラハ滞在最終日の午前中はプラハを代表する観光スポットである、プラハ城とカレル橋に行ってきました。
まずはプラハ城。9世紀に築かれた後、13世紀にほぼ現在の輪郭が完成し、18世紀にマリア・テレジアによって大改築が行われたというのが大まかな歴史です。城、といっても通常の城のイメージとは異なり、小さな町に近いもので、なんといってもボヘミア地方のカトリック総本山である聖ヴィート大聖堂が城の中に聳え立っているところが大きな特徴です。
これまで移動は全て徒歩ですませてきた我々ですが、この日は私のリクエストもあり地下鉄で移動。城の裏手から登っていくルートを取りました。
・ある程度登っていくと市街が一望できます。

さて、まず到着したのは「黄金の小道」でした。この名の由来はかつてここに錬金術師達が住み着いて研究・実験に没頭していたという伝説によるものです。実際は城の奥深くで行われていたそうですが・・・。ほんの100メートル程度の道に小さな店が並ぶさまは、名前とは裏腹にこぢんまりとしたもの。かつてプラハを訪れた澁澤龍彦はこの光景に「家々の扉口はいずれも極彩色に塗られていて、芝居の書割のように安っぽく、幻滅した(『ヨーロッパの乳房』所収「昔と今のプラハ」より」と失望していました。とはいえ、かつてカフカがこの一角を仕事場にしていたこともあり、一度は見ておいて損はありません。
・元カフカの仕事場で記念写真。今は普通の土産物屋です。

黄金の小道を抜けて広場にたどり着くと、そこには聖ヴィート大聖堂を中心に様々な様式の建物が立ち並ぶ広場に出ました。圧倒されて目が回りそうでしたよ(^^;)
聖ヴィート大聖堂の写真をいくつか

尖塔は14世紀のゴシック、円天井は16世紀のルネサンス、屋根は18世紀のバロック、そして堂の西側の部分は1929年にようやく完成した擬ゴシック様式だというから、これは西欧のあらゆる建築様式をごちゃまぜにした、一つの巨大な混生体と称すべき建物であろう。悪趣味だと思うひともいるだろうが、私には、こういう趣好は気に入らぬものではなかった。(「昔と今のプラハ」より)




・その他広場の建物です。



・正門には直立不動の衛兵がいて、交代の儀式の時間には多くの観光客でいっそう賑わうそうです。

工事中で大聖堂の内部に入れなかったのは残念でしたが、プラハ城を堪能してカレル橋に向かったのでありました。