山下洋輔トリオ・筒井康隆他『筒井康隆文明』

筒井康隆文明(紙ジャケット仕様)

筒井康隆文明(紙ジャケット仕様)

先日の山下洋輔スペシャル・ビッグバンド・コンサートでは物販コーナーでCD,DVDを購入した人を対象に、終演後サイン会が実施されました。そのとき私がサインを書いて貰ったのがこれです。山下さんの前にこのCDを差し出したとき「ああ、これもCDになったんだよね」と感慨深い様子でした。

このアルバムには70年代山下洋輔トリオ(山下洋輔坂田明・小山彰太)とゲストによる、筒井康隆の短編「バブリング創世記」を音楽化した演奏が収録されています。私はカセットで持っていましたね。
「バブリング創世記」は全5章からなる、擬音から世界が生じるまでを描いた短編で・・・なんて書いても何の説明にもなっていません。冒頭部分を引用しましょう。

ドンドンはドンドコの父なり。ドンドンの子ドンドコ、ドンドコドンを生み、ドンドコドン、ドコドンドンとドンタカタを生む。ドンタカタ、ドカタンタンを生めり。ドンタカタ、ドカタンタンを生みしのち四百六年生きながらえて多くの子を生めり。

以降、この調子で続きます。最初の数行で投げ出す人と、狂喜乱舞して読み進める人のまっぷたつに分かれそうな小説ですが(^^;)、音像化するにはまさにうってつけと言ってよく、更にそれを実行するのに山下洋輔よりふさわしい人は他にありません。果たして熱心な筒井ファンである山下はこの短編に独自の解釈もおりまぜながら見事に音像化に成功したのでありました。
原作は今は入手が難しそうです。未読の方は神々の系譜をまとめたサイトがあったので、こちら「http://internet.kill.jp/o/」を適宜参照してください。

第1章は全ての根源である「ドンドン」から筒井康隆が生まれるまでが描かれます。なぜ「ドンドン」ではなくて「ドン」から始まらないのでしょう?これについて山下が筒井に確認したところ次の理由が明らかになりました。ライナーから引用します。

「ドン」からだと「ドンドン」さらに「ドンドンドン」そして「ドンドンドンドン」それならもう「ドンドンドンドンドン」と永久にどうしようもなくつまらない奴らばかりが生まれていることになるからだ。

一元的原理である「ドン」ではなく、二項対立の要素を含む「ドンドン」から始まるからこそ、後の発展があったわけですね。第1章では基本的に2拍子系の神々の系譜が描かれ、途中山下トリオ初期の名曲「グガン」を挟みながら(しっかりテーマが演奏に登場します)、最後はトンビ→タカ→ヨシタカ→ヤスタカ→シンスケと筒井家の系譜となり終了。この作品においてはある意味神以上(?)ともいえる作者を生み出しましたが、残念なことに世界の創造には至りませんでした。

第2章はドンタカタ→ドンタッタ→ドンチャカチャとつながる3拍子系列の神々の系譜を追います。これは途中でなぜかコンコンチキコンチキチと宴会モードに。そこで山下は原作にないアレンジを施しました。別の短編「熊の木本線」の宴会シーンをここで挿入したのです。小山、山下、堀晃、かんべむさし、坂田の順に作中に登場する「熊の木音頭」を歌い盛り上がります。ところが、実はこの音頭はある種の「忌み歌」で、うっかり本当の歌詞を歌ってしまったら日本に恐ろしい災いが降りかかってしまうのですね。案の定最後に威勢よく登場した坂田明がうっかり本当の歌詞を歌ってしまいました。しんと静まり返る宴会。もはやここでは呪われた世界しか創造されません。

ということで仕切りなおして第3章は「シュビドゥンドゥンドゥン」から始まるフォービート系列を追います。ドゥヤー→ドゥーアー→ドゥーワー→ドゥッドゥワー・・・とドゥワップも登場する音楽ファンにはうれしい流れに。そこから狂乱の盛り上がりをみせた後、笛吹き神の時代となりました。ヘロヘトヘ→ヘロヘロ→ヘロホ→ヘロホヘロホ→ヘロホイニトハと音名が続くところは、坂田がアルトサックスできちんと音にして残しています。しかしどこでどう間違えたのか、この系列はメンドリ⇔タマゴの無限ループとなってしまったのでした。

負けてはならじと第4章は第3章の演奏から切れ目なく続き、パーカションがアフリカン・ビートのポリリズムを叩き出します。しかしこの熱狂もケロケロが出るに及んでケロヨン→カエル→カエル・・・・の輪廻に陥ってしまいました。

最後の希望はギョンギョロリンの系譜に託されました。第5章の前半は坂田明のシャーマン的ヴォーカルが大活躍。スーダラ節なども飛び出し、ついにベントラベントラ→UFO(ここで一瞬だけピンクレディーが出現)まで登場します。坂田の興奮は収まらず「ナナツノコガカメカメチョウチョ」「アッチャラホイコッチャラホイ」「ムカチャチャチャ」など、原作には無い神々を召還してしまいます。このままカオスのまま終わってしまうのかと思われたとき、奇跡が起きました。マタハリノツンダラハヌシャマヨ→オシャマ→オシャマンベ→シシャモ→シャモ→喧嘩と続いた流れが医者を生み、そこから更に進んで、ついに・・・・!

注射ミス、ハイミスを生み、ハイミス、ミズとオールドミスを生み、ミズ、ミミズを生み、ミミズ、ミミズクを生み、ミミズク、覚醒剤を生み、覚醒剤、徹夜を生み、徹夜、疲労を生み、疲労、事故を生み、事故、野次馬を生み、野次馬、つけ馬を生み、つけ馬、貧困を生み、貧困、信仰を生み、信仰、神を生めり。神、光あれと言いたまいければ、サバ、イワシ、コハダ、キス、その他森羅万象有象無象すべて地に充ちたり。

山下の奏でるオルガンの響きに、代志住正による朗読がかぶさり、晴れて世界が無事創造されたのでありました。

さて、世界を創造した神が安息日を設けたようにこのCDでは続いて筒井による自作短編「寝る方法」の朗読が収録されています。「寝る」という一見単純な行為の裏に実はどれほどの危険があるのかを論文調の文体でもっともらしく述べたもので、筒井らしいブラック・ユーモアが楽しめます。