3/22アルド・チッコリーニ「ジ・アート・オブ・アルド・チッコリーニ」第1夜@すみだトリフォニーホール

2005年以来の来日となったチッコリーニ。今回の来日はピアノ・リサイタルと協奏曲をそれぞれ1夜ずつというもの。その第1夜に行って来ましたが、前回を上回る素晴らしい演奏に打ちのめされました。


前回のリサイタルではベートーヴェンラヴェル、ファリャといった多彩なプログラムで私たちを楽しませてくれましたが、今回はリストの大曲『詩的で宗教的な調べ』のみ。あまり熱心にリストを聴いたことがなかったので、チッコリーニ自身が1968年に録音したアルバムを2週間前に慌てて購入して予習したのですが、正直そのときはあまりピンと来る曲ではなかったんですね。なので「実演に接してみれば少しは印象が変わるかも」くらいの軽い気持ちで当日会場に向ったのですが・・・結果は印象が“少し”変わるどころではありませんでした。


『詩的で宗教的な調べ』は10曲からなる連作。この日は一部曲順を変えて休憩を挟んだ2部構成で演奏されました。
※()内は原曲の曲順
1.祈り(1)
2.アヴェ・マリア(2)
3.孤独の中の神の祝福(3)
4.眠りから覚めた御子への賛歌(6)
5.パレストリーナによるミゼレーレ(8)

―休憩―

6.死者の追憶(4)
7.主の祈り(5)
8.葬送、1849年10月(7)
9.アンダンテ・ラクリモーソ
10.愛の賛歌

冒頭「祈り」の深々とした響きに健在ぶりを確信しましたが、音楽に一気に引き込まれたのは3曲目「孤独の中の神の祝福」からでした。見事なペダル・ワークによって星の光りのように美しく降り注いでくる高音と地の底から響いてくるようなずっしりとした低音のコントラスト、そしてそこから自然にわきあがってくる旋律が織り成す立体的に構築された音響が圧巻の一言です。どんなに音が密集していても不思議と透明感は失われることがなく、全ての音を完璧にコントロールしながらも作為的なものは感じさせずに、ただ音楽そのものが立ち昇っていくのです。濃密な時の流れにただ息を呑むばかりでした。後半になってもその密度は前半と変わることはありません。どの曲も素晴らしかったのですが、「葬送」のスケール感、終曲「愛の賛歌」の華やかさが特に印象に残りました。


チッコリーニは現在82歳。ステージに現れたときはやや猫背でギクシャクした歩き方で(前回も同じように思ったのですが)、長丁場は大丈夫なのかなと思わずにはいられないのですが、いざピアノを弾きだすと無駄のない美しいタッチから瑞々しい音楽が迸るのでした。アンコールはスカルラッティソナタドビュッシー前奏曲集から「風変わりなラヴィーヌ将軍」(※「ミンストレル」でした)の2曲。重厚なリストの後にぴったりの軽やかな小品で、中でもスカルラッティの洒脱さ、軽やかさが見事なものでした。もちろんドビュッシーも冒頭の一音でそれとわかる鮮やかな演奏。残念ながら会場は満員の入りではなかったのですが、観客は素晴らしい演奏に皆心からの賛辞を送っていました。アンコールが終わり、会場の照明がついても拍手は鳴り止まず、それどころか全員がスタンディング・オベーションでこの巨匠を称えたのです。今まで聴いてきた―といってもそれほどたくさん聴いているわけではありませんが(笑)―ピアノ・リサイタルの中でもベストといっていいくらいの内容でした。会場に設置された物販コーナーには休憩、終演後を通して興奮さめやらぬ、といった様子の人だかりが絶えませんでした。もちろん私のその中に加わった一人であることは言うまでもありません。あっという間に残り僅かになってしまったベートーヴェンのピアノ・ソナタ全集を購入して帰途についたのでありました。


前回公演時の感想はこちら
http://d.hatena.ne.jp/huraibou/20051031