池辺晋一郎作品集

池辺晋一郎作品集

池辺晋一郎作品集

日本人作曲家の現代音楽のCDはこれまで値段が3000円前後の物が多く、なかなか手を出しにくい状況でした。そのような中、廉価盤レーベル、ナクソスが始めた「日本作曲家選輯」は正に画期的なシリーズで、これによって私は大澤壽人や諸井三郎、橋本國彦など、戦前や戦中の時代でも優れた作品を残した作曲家が存在していたことを知ったのです。作曲家の生涯、時代背景との関わりを詳細に解き明かした片山杜秀の解説も素晴らしく、資料性も高い価値あるアルバムが今なお続々と発表されているのはうれしいことです。


そして昨年末、もうひとつのうれしいシリーズが登場しました。かねてより日本の現代音楽作曲家の作品を数多くリリースしていたカメラータによる【カメラータ・コンテンポラリー・アーカイヴス】シリーズ、10作品のリリースです。10人の作曲家の貴重な音源を1人1枚ずつ振り分け、1050円で発売。リマスタリングにより音質は向上し、ブックレットにはディスコグラフィーも掲載。さらにシリーズ全体の解説に現役の作曲家である川島素晴を起用というがんばりようです。ナクソスで取り上げられた作曲家はほとんどが物故した、現代音楽の中でも「古典」的位置づけにある人が多いのに対し、こちらのシリーズは物故者は石井眞木のみで、“同時代”感覚がより強いといえるでしょう(もちろんナクソスの作曲家の作品にも今なお刺激的に響くのは多い)。川島素晴の解説は資料性の高い片山とは異なり、リアルタイムで作品に接してきた喜びと興奮を伝えてくるのが多いのもナクソスと好対照を為しています(無論、現役の作曲家ならではの鋭い指摘もふんだんに書かれているのですが)。


これからいくつかこのシリーズを取り上げようと思います。まず最初は池辺晋一郎作品集。「N響アワー」などで見ることの出来る彼の姿は、温厚でダジャレ好きのおじさん、という感じですが、彼の作品自体に意識的に接することはあまりないと思います。「意識的に」と書いたのは、池辺は映画音楽やTV音楽などでも膨大な仕事をしているからで、映画では晩年の黒沢明作品や、今村昌平「うなぎ」。新しいところでは北野武「監督、ばんざい!」の音楽も彼の仕事です。TV音楽では「澪つくし」「独眼流正宗」「未来少年コナン」などがあり、知らず知らずのうちに彼の音楽に接している人は少なくないはず。ある意味国民的作曲家ともいえそうです。その一方、現代音楽の分野でも7曲に及ぶ交響曲をはじめ、数多くの作品があり、こちらはあまり耳にする機会は熱心なファンではないとなかったと思われます。そんな池辺の「現代音楽作曲家」の一面に触れるのに、このアルバムは恰好の入門盤となるでしょう。


収録されているのは5曲。ピアノ協奏曲、管弦楽曲、打楽器のための曲、邦楽器のための曲という取り合わせで、CD1枚というコンパクトな中にも彼の仕事の幅広さが伝わるように選曲されていますが、やはり聴きものなのは最初の2曲「ピアノ協奏曲?“Tu M'...”(おまえは私を・・・)」と「自然発火〜オーケストラのために〜」でしょう。特にピアノ協奏曲は最初から最後までピアノが休むことなくひたすら弾き続けるというアグレッシヴな作品。明確なテーマのようなものはないのですが、難解には響かず、ピアノとオーケストラのスリリングな絡み合いが楽しめます。「自然発火」もめまぐるしい音の連なりの中に、決して浮つかない作曲家の知性が透けてみえる曲です。