松浦寿輝「川の光」

川の光

川の光

今年最初に読了した本。住んでいた川辺が工事で埋め立てられることを知り、新たな住いを求めて川の上流を目指す3匹の親子ネズミの冒険譚です。読売新聞に連載されていました。
作者の松浦寿輝はかねてよりアーサー・ランサムツバメ号とアマゾン号」やドリトル先生シリーズといった児童文学についてたびたびエッセイで記していましたが、特に深い愛着を示していたのはケネス・グレーアム「たのしい川べ」でした。実際、舞台設定やネズミとモグラの交流など「川の光」には「たのしい川べ」へのオマージュと取れる部分が多く見られます。もちろん「川の光」は単なる「たのしい川べ」の焼き直しではなく、「たのしい川べ」の幸福感をある程度受け継ぎながらも、そこから一歩外に踏み出した世界観が提示されています。

こういった作品ではどうやって読者を物語の世界に誘うかがとても重要ですが、その点についてはぬかりありません。プロローグでまず川辺全体の光景を描写した後、「そんなことはできないに決まっているけれど、もしあなたがまったく足音を立てずに歩けるのであれば・・・・」と読者に語りかけながら徐々に主人公のネズミの兄弟、ターターとチッチが「一個の球のようになって眠っている」姿にズーム・アップしていく導入部は、するすると窓や格子をすり抜けていくヒッチコック映画のカメラ・ワークを思わせる巧みさで、優れた映画評論家でもある作者の技の冴えが光っています。

後はもう、決断力と勇気のあるお父さん、冒険の中で大人に成長していくタータ、やんちゃなムードメーカー、チッチの3匹の冒険の行方に素直に一喜一憂すればよいだけです。犬のタミー、猫のブルー、スズメの親子といった魅力的な脇役にも事欠きません。親子ネズミが陥る苦境の切り抜け方や、終盤、3匹の生命が危機に瀕した最大のピンチの場面で、突然作者が生命というものがそれ自体で奇蹟であると述べ、読者に直接「その奇蹟が今、ふっと吹き消されるマッチの小さな炎のように、この世からうしなわれかけている。(中略)そんなことになっていいのか。本当にいいのか」と訴えるところなど、普通のいわゆる“現代文学”ではまずできないだろう大技もばしばし決まっていて痛快です。作者があとがきで「この物語を本当に楽しく書きました」書いているのも納得でした。