ベルグルンド&ヨーロッパ室内管弦楽団『シベリウス交響曲全集』

huraibou2007-11-30

シベリウス:交響曲全集

シベリウス:交響曲全集

「クラシックの交響曲で一番好きなのは何?」ともし訊かれたら、どう答えますか?―今の私なら「シベリウスの第6番」と答えます。ここ数年で最も繰り返し耳を傾けているのがこの曲。そして演奏はベルグルンド指揮のヨーロッパ室内管弦楽団に限ります。手持ちでは他に同じベルグルンドによるヘルシンキ響、ザンデルリング/ベルリン響、サー・コリン・デイヴィス/ロンドン響があり、それぞれ立派な演奏なのですが、ベルグルンド/ヨーロッパ室内に接してからはどことなく物足りなく聴こえるようになってしまいました。
ベルグルンドはシベリウスの演奏ではつとに高い評価を得ている指揮者で交響曲全集の録音は実に3度に及び、ヨーロッパ室内との全集は3度目にあたります。3つの全集の中では2度目の録音であるヘルシンキ響との組み合わせが世評高く、私も初期の交響曲についてならこちらの方が良いと思うときもあるのですが、5番以降となるとヨーロッパ室内が勝ります。中でもその透明な響きと澄み切った抒情がいかんなく発揮されているのが第6番の演奏だと思うのです。
私のシベリウスの好みは偏っていて、一般的に人気のある「フィンランディア」や「ヴァイオリン協奏曲」「交響曲第2番」にはそれほど心動かされないんですね。もともとロマン派の曲が苦手な方なので、その残滓がある初期作品は(最近はそれほどでもなくなってきたけど)あまり積極的に聴こうとは思えないのです。私の愛するシベリウスは独自の内省的で透明な響きを生み出した後期の交響曲にあります。特に第6番。独特の旋法で書かれているけれど、特に印象的な主題があるわけでもなく、規模が大きいわけでもないし、劇的に盛り上がることもない曲です。しかしその柔らかい響きが澄んだ泉のような透明な小宇宙を織り成していて、ちょっと他の音楽では体験できない世界へ誘ってくれます。既に人間くさいロマン派からは遠く離れ、さりとて宗教的な荘厳さからも遠い。まるで人間界と天上界の中間にエーテルのように漂う音楽。ベルグルンドとヨーロッパ室内管弦楽団の精緻な演奏はそのエーテル感覚を最も良く描き出しているように思えます。作曲家の吉松隆はこの曲を宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」になぞらえていましたが、もしかしたら彼も私と似たような印象をこの曲に抱いているのかもしれませんね。