保坂和志「季節の記憶」

季節の記憶 (中公文庫)

季節の記憶 (中公文庫)

保坂和志は以前から気になる作家だったのですが、なかなか彼の小説に踏み出すことができずにいました。最初に買ったのは「カンバセイション・ピース」。けれども冒頭の数頁をめくっただけでずっと放置したままだったのです。それならまず搦め手からアプローチしてみよう、と思い手に取ったのが長編エッセイの「世界を肯定する哲学」とこの日記でも取り上げたことのある「羽生」でした。その2冊に見られる平易な言葉でじっくりと対象に迫っていく姿勢に共感を覚え、いよいよ小説を、と思い手に取ったのが「プレーン・ソング」。これは最後まで読んで、決してつまらなくはなかったものの先に読んだ2冊と通底するところが見えなくて宙ぶらりんな気持ちになってしまいました。
しかし、この「季節の記憶」は本当に面白く読み通すことができました。そして保坂の世界観がようやくおぼろげながらも見えてきたような気がします。「僕」と息子の「クイちゃん」、近所に住む便利屋の「松井さん」と妹の「美紗ちゃん」の4人の日々が中心となっている話で、特に劇的な起伏があるわけではないのですが、心に残る挿話や会話があちこちにあって(強烈な印象を残す、というより、真水のようにすっと心にしみこんでくるような感触です)、読み終えた後穏やかな幸福感に包み込まれました。実のところさっき読み終えたばかりなのですが、もう一度気になったところをぱらぱらと読み返したくさせるものがあります。遅まきながらようやく彼の小説に踏み込むことができたようですね。今度は改めて「カンバセイション・ピース」に向き合ってみたいと思います。