森見登美彦「夜は短し歩けよ乙女」

夜は短し歩けよ乙女

夜は短し歩けよ乙女

第20回山本周五郎賞受賞、2007年本屋大賞2位となったベストセラーなのですが、先日めんちかつさん(id:nota10)からお勧めいただいて初めてその存在を知りました(^_^;)。意識してみれば普段通っている数店の書店どこでも平積みで陳列しているじゃないですか。今年はできるだけ最近の作家も追っていこうと思っているのですがなんともはや、ですね。なむなむ!
ものがたりは京都を舞台に、大学のクラブの後輩である“黒髪の乙女”と彼女に恋した“先輩”が交互に語っていく形式で進められていきます。夜の先斗町、古本市、学園祭などで2人が出会う、へんてこだけど魅力ある人々と彼らが織り成すてんやわんやの出来事。いつのまにかてんやわんやの中心的な存在となってしまう乙女と彼女を追い続ける先輩の姿がユニークに描かれていて楽しく読み通すことができました。
この作品、なんといっても特徴的なのは文体でしょう。現代のキャンパス・ライフを闊歩している主人公達の語りにしては、妙に古風な言い回しが目立つのです。

読者諸賢におかれては、彼女の可愛さと私の間抜けぶりを二つながら熟読玩味し、杏仁豆腐の味にも似た人生の妙味を、心ゆくまで味わわれるがよかろう。

同じクラブでありながら、その先輩のお名前を覚えていなかったのは、私の不徳と致すところです。今夜はお話する機会もありませんでしたが、次にお会いする時には名前も覚えて、この賑やかな夜の想い出などをお話ししたく思います。

第一章から先輩の語っている部分、乙女の語っている部分を任意に抜き出してみましたが、これだけでも文体の特徴は伝わってくると思います。他の章で先輩が竹久夢二の詩の一節を唱える場面があるのですが、それが全体の雰囲気の中で浮かないのですから面白い。とはいえこの文体に読み始めは少々とまどいましたが、読み進んでいくうちにこの文体が作品の世界と読者である私に絶妙な間をとってくれていると感じました。大学生の恋路の行方を描いている小説にしては年配の登場人物がわりと出てくるのですが、この文体のおかげで彼らと主人公達との間に温度差をあまり感じないのです。そして次から次へとわき起こる不思議な出来事も、どこか舞台を眺めているような感覚で読めるので、なるほどこんなのもここではありだなあ、と程よいリアリティを覚えつつ頁を繰り続けることができました。もちろん、今風の文体で書くこともできたでしょうが、そうなると私のようなちょっとトウのたった年齢の読者はやや置いてけぼりをくらった気持ちになったかもしれませんね。
全四章のそれぞれが独立したエピソードとしても成り立っているのですが、作者の奇想が特に冴えているのは学園祭を舞台にした第三章でしょう。魅力的な登場人物やユニークなアイデアが次々と登場して、まさに祭りの場にふさわしい活気が章全体にあふれています。最近読んだばかりの「もやしもん」第5巻で描かれた、これまた活気あふれる収穫祭の雰囲気を思い出したりしながら読んでいました。主人公の2人が最も活発に動き回る章でもあります。それだけに、ほとんどの登場人物が風邪で寝込んでいる次の章とのコントラストが際立ち、ほのぼのとしたエンディングにつながっていくのです。ちょっとエラソーな言い方ですが、「なかなかやるもんじゃないか」と感心し、いい気分で読了することができました。著者の他の作品もチェックしてみようと思います。