福岡伸一『生物と無生物のあいだ』

生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)

生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)

分子生物学者による生命論。“生命とはなにか”という主題をめぐって、細胞の活動のみならず、大発見の陰で重要な働きを為した科学者達のエピソードや、著者自身の研究者としての歩みがエレガントかつ平易な文章でポリフォニックに綴られていて、とても面白く読めました。
この本の中で著者が試みているのは、DNA分子の発見とその構造の解明によってもたらされた「生命とは自己複製するシステムである」という定義を押し進めた、生命の新たな定義です。著者は浜辺に築かれた、常に海の精霊によって新しい砂で修復されることで元の形を保ち続ける砂の城の比喩を読者に提示します。そしてシェーンハイマーによる、

生物が生きているかぎり、栄養学的要求とは無関係に、生体高分子も低分子代謝物質もともに変化して止まない。生命とは代謝の持続的変化であり、この変化こそが生命の真の姿である

という新たな生命観を踏まえて、“生命とは動的平衡(ダイナミック・イクイブリアム)にある流れである”と再定義を行うのです。そこに至るまでの詳細については本書に実際にあたっていただきたいのですが、私には著者のこの結論が、吉田健一の絶筆となったエッセイ『変化』の中で語られていることと近いように感じられてなりませんでした。
例えば

絶えず変化していてそれが同じ一つのものが変化するのでそのものの形がその度毎に明確になる所に変化することの意味がある

や、

生きているものの生命は不断に変化することで生命であることを保っているのでその為に生命でなくなるのでもなければその生きものが別な生きものに変わるのでもない。

のようなくだりの部分です。著者の生命観に新鮮さと同時にどこかなつかしさを感じていたのは、事前に吉田健一の著書に親しんでいたからかもしれないな、と根っからの文系人間である私は勝手に考えるのでありました。