2/18 カヒミ・カリィ Tour 2007“Muhlifein”＠昭和女子大学人見記念講堂

静かなる傑作『Nunki』からの曲を中心としたコンサートでした。昭和女子大学人見記念講堂は通常はクラシックの公演が中心です。ＴＶ「題名のない音楽会」もよくここで収録されていますね。私も合唱団に所属していた大学時代にここで歌ったこともある思い出深い会場です。『Nunki』の静謐な音世界を展開するにはうってつけの場所といえるでしょう。開演前にはずっと高音域のドローンが流れていて、ステージの内容を予告しているかのようでした。聴くともなく聴いていると耳がチューニングされているかのような感覚におそわれてくるのが面白かったですね。

主役のカヒミはステージ中央に白くてやや高い椅子を置いて、ずっとそこに腰掛けて歌っていました。彼女を支えた編成はギター（時折ベースも担当）：大友良英とジム・オルーク。パーカッション：外山明。サインウェーヴ：Sachiko.M。笙：石川高。チェロ：四家卯大。ハープ：ロードリ・デイヴィスというユニークな編成。笙とハープが同居するアンサンブルなんて見るのは初めてです。そしてＰＡを担当していたのがＺＡＫ。ステージ上で発せられる繊細な音の響きを会場の特性を生かして見事にすくいあげたＺＡＫの貢献は大きいものがありました。

笙の音が会場を包み込む「呼続」を皮切りに演奏はスタート。どの楽器も強い音は決して出さず（２曲目「I'm in the rain」のイントロでチェロがやや強め（といってもmfくらい）にメロディを歌ったとき、カヒミが後ろを向いて、音を抑えるように、という指示をそっと出していたのが印象的でした）、弱音を基調として、たゆたうような、不定形な音を発し続けていきます。カヒミの声もアンサンブルのひとつとして溶け合い、水の底に沈んでいくようなゆらめく音世界が広がっていきました。大友とジムのギターはあるときはアコギで繊細なアンサンブルを聴かせて、またあるときはスペーシーな（ロバート・フリップのサウンドスケープやスティーヴ・ヒレッジを思わせるものがありました）ソロを奏でます。四家のチェロがときおり紡ぎだす“歌”はともすれば不定形のまま流れていきそうなこの音楽に甘美な輪郭線を与えていました。外山のパーカッションが音の楔をそっと打ち込み、ロードリのハープがきらめく音の粒をちりばめていく。そして石川の笙がそれらの上を流れていきます。Sachiko.Mのサインウェーヴはアンサンブル全体の隠し味的な効果がありました。時折ふっと耳の奥に彼女の発するパルスが忍び込んでいくのがなんともいえず心地よかったんですよ。ステージ前半はこうして『Nunki』の世界をより発展した静けさの中に緊張感が漂う時間が流れていきました。客席も息を潜めて音に集中していました。曲が終わってもしばらく余韻に耳を澄ませてから拍手がおきるのです。ヘタなクラシックのコンサートよりずっと真剣に演奏者も観客も音に向き合っていたんじゃないかな。

中盤の２曲のカヴァーをきっかけにやや音楽にポップさが戻ってきました。まずはバカラック「This Guy's in Love with You」。バカラックにしては比較的起伏の少ないメロディーがこのアンサンブルとカヒミのヴォーカルにはぴったりです。続いてもうすぐ発売される細野晴臣トリビュート盤でカヒミが歌っている「風来坊」を先行公開（笑）。この曲の浮遊感がこれまた彼女の声にはマッチするんですね。親しみやすい２曲が続けて演奏されたことで、これまで水中で漂っていたのがすっと浮上してきたような感じになりました。そして後半の聴きどころは「All is Splashing Now」。アルバムでは水の音をパーカッション代わりに使っていた曲ですが、ステージで演奏するにあたり、カヒミがサンプリングでは物足りないと判断したことから、実際にステージに水槽がもちこまれ、外山が両手を中に入れての生演奏となりました。クライマックスではかなり水しぶきが飛んでいましたね。開演前に同行の方に「これを生でやったら面白いよね」と話していただけに、驚きとうれしさもひとしおでした。

ひとつひとつの音に集中して耳を傾けていたせいか、あっという間に時は過ぎてアンコールとなりました。アンコールは３曲。最初の曲はメンバー全員での演奏でしたが、残りの２曲は大友とジム・オルークとカヒミの３人だけでしっとりと奏でられました。大友とジムについて感謝の言葉を述べるカヒミはとてもうれしそうな表情。「ずっと大ファンだった」とのカヒミに言われてしきりに照れくさがるジム・オルークが可愛かったです。

静謐さの中にも、カヒミの音楽に対する意志がしっかりと感じられた、とても充実したコンサートでした。カメラも入っていて様々なアングルから撮影していたので、ＤＶＤにもなると思います。もちろん私は買いますよ！