カエターノ・ヴェローゾ『カエターノ・ヴェローゾ』

Caetano Veloso

Caetano Veloso

1987年にノンサッチ・レーベルから発売された本作は、ほとんどカエターノ自身によるギター弾き語りでできています。80年代に入ってカラフルなポップ・サウンドやラップを導入するなどの新しい試みを続けていたカエターノが、ここでは一旦立ち止まって“歌”そのものに向かい合った趣があります。70年代の自作のセルフ・カヴァーも単にしみじみとした、というだけには止まらない味わいがあり、彼の独特のコード感覚が改めて浮き彫りになっているのが興味深いところですが、このアルバムのハイライトは「Nega Maluca/Billie Jean/Eleanor Rigby 」のメドレー。中心となっているのはあのマイケル・ジャクソン「ビリー・ジーン」ですが、この曲を弾き語りでやるという発想と新しい魅力を引き出すことに成功した歌の力にはただ感服するばかり。そして最後に添えられた「エリナー・リグビー」のワン・フレーズがなんと悲痛に響くことか!
このアルバムのレコーディングがきっかけでカエターノはアート・リンゼイと出会います。その成果は1989年の『エストランジェイロ』で大輪の花を咲かせ、以後豊穣の90年代の諸作品が次々と生み出されるのですが、その直前にひっそりと生み出された本作はカエターノのファンにとってはたまらなく愛おしい小品集なのです。