ムーンライダーズ『MOON OVER the ROSEBUD』

結成30周年の記念すべき年に満を持して放たれたムーンライダーズの新作は、“月”と“薔薇”というグループの2大アイコンがタイトルに含まれていることからも並々ならぬ気合を感じることができます。今年上半期精力的にライヴをこなした彼らですがそこでは80年代のレパートリーが中心でした。その流れと勢いを受けた新作のコンセプトは“ネオ・ニューウェイヴ”というもの。このコンセプトを聞いたときからかなり期待していた本作ですが、果たしてその期待を裏切らない充実作となりました。近年のムーンライダーズの作品の中でもこれほどコンセプトが鮮やかにサウンドに反映したものはないでしょう。
凝ったアレンジがどの曲にもなされているのはいつものことですが、なんといっても音像が前々作、前作に比べて格段にスッキリしていて見晴らしが良い(ギターの音色がクリアーなのが大きい)。バンド・サウンドとエレクトロニクスのブレンドの妙は「青空百景」から「アマチュア・アカデミー」の頃を彷彿とさせます。にもかかわらず決して懐古趣味に陥ることなく、しっかり“2006年のムーンライダーズ”が聴こえてくることが素晴らしい。

アルバムの前半は小気味良いポップ・ソングが並び快調に進んでいきます。岡田徹ならではのポップなメロディが冴える1曲目「Cool Dynamo, Right on」は「ダイナマイトとクールガイ」の後日譚ともいえるもの。続く「果実味を残せ!Vieilles Vignesってど〜よ!」はワイン好きな白井良明ならではの曲で楽しい。「ペコポンな未来」ってなんだ(笑)。ズバリROSEBUDを曲名にもってきた慶一作「Rosebud Heights」は久々にストレートにポップな印象を与える曲です。このアルバムの歌詞にはそこかしこに薔薇が出てくるのですが、慶一はあくまでRosebudなんですよね。「ワンピースを、Pay Dayに」もそうだし。この辺いかなる意図があるのか興味深いところです。「Weatherman」「琥珀色の骨」と鈴木博文が歌詞をてがけた曲が続きますが、曲も担当した「琥珀色の骨」が美しい。プロコル・ハルム「青い影」と共通する格調の高さがあります。
中盤の肝はかしぶち哲郎の2曲でしょう。アコーディオンを巧みに用いたヨーロッパサウンドが心地よい。どこかアイリッシュ的な武川曲「11月の晴れた午後には」と併せてアルバムのスケールをぐっと拡げるのに貢献しています。こういった曲があるからこそ「馬の背にのれ」のはっちゃけぶりも引き立つというものです。一瞬ケロロ軍曹のことを歌った曲かと思いましたよ(笑)。
「オー何テユー事ナンダロウ」の21世紀版のような「腐った林檎を食う水夫の歌」を境にアルバムはゆっくりと沈静化して終盤へ向います。「Vintage Wine Spirits,and Roses 」の“Spritsはどうだ?置いてないのかい?”のフレーズには「ホテル・カリフォルニア」の影が・・・。慶一作詞のこの曲は同じく彼が作詞をてがけた「Cool Dynamo, Right on」「Rosebud Heights」「ワンピースを、Pay Dayに」とつながっているものでアルバムのひとつの水流をなしています。“不幸は ずっと 続いてもいいんだ / 心の 傷は 塞がらなくてもいいんだ / 小さな 幸せ なら手にしなくてもいいんだ”のくだりが慶一ならではのもので胸を打たれます。。「When This Grateful War is Ended」も祭りの狂騒状態の後の虚脱感が濃厚に漂う曲ですが、この苦み、痛みがアルバムに深い陰影を与えているんですよね。これが彼らの懐の深さだと思います。

駆け足で感想を綴ってきましたが、現在進行形の彼らの姿をヴィヴィッドに捉えながらも過去の作品がホログラフィックのように立ち現れてくる本作は聴く人によって様々な姿が浮かび上がる多面的なアルバムだと思います。秋のツアーも本当に楽しみですね。