5/28「オーケストラ・コンサート 武満徹の宇宙」@東京オペラシティコンサートホール

武満徹没後10周年企画「Vision in Time」が進行中です。音楽だけではなく、展示会を含めた立体的な企画ですが、この日はオーケストラ曲を3曲演奏するコンサートが催されました。全て星にちなんだ題名を持ち、特殊な編成等のためこれまで滅多に演奏されなかった曲で構成されています。


当初は指揮は若杉弘岩城宏之の予定でしたが、会場に着くと岩城が体調不良のため代役として高関健と交代したとの告知がありました。生前の武満と親交の深かった岩城にとってはこの日の欠席はさぞかし無念であると思います。しかし今は体調回復に専念して、また元気な姿を見せてもらいたいものですね。それにしても止むを得ないとはいえ、突然の指揮者交代。演目が「アステリズム」と「ジェモー」という手ごわい曲だっただけに高関もオーケストラも大変だったことでしょう。しかし無事成功に終わったのはなによりです。


武満のオーケストラ曲は曲ごとに独自な楽器の編成・配置を行っているので今回は1曲毎に20分の休憩が挟まっていました。一見間延びしそうですが、濃い曲が続くプログラムなのでインターバルがあったのはかえって良かったと思います。メインディッシュが3皿連続するようなものでしたからね。


さて、まず最初に演奏されたのは、独奏打楽器とオーケストラのための「カシオペア」。ロックファンにもおなじみ、ツトム・ヤマシタのために書かれた曲です。ステージ中央にはゴング、スティールドラム、木魚、タムなどの多彩なパーカッションが置かれ、それを囲むようにグループがカシオペアの星座の形である「M」字をなすように配列されています。このパーカッション群と両脇に置かれたハープが視覚的にも強い印象を与えていました。指揮は若杉弘。パーカッションは加藤訓子
まずオケによる短い序奏で始まります。この時点では加藤はまだステージ上にはいません。序奏の部分が終わった直後、客席の下手扉が開き、カスタネットを鳴らしながら颯爽と登場してきました。フラメンコと能の動きが混ざったような独特のアクションをとりながらステージ上に移動。ここからはオーケストラは完全に裏方。加藤のエネルギッシュなパフォーマンスが全開となりました。まずはゴング、スティール・ドラム、ベル系の金属的な音色を中心とした演奏。その後オケが時折入りますが、基本的には加藤のソロ(カデンツァと呼ぶべきか)が中心です。木魚等の木の打楽器を主として用いた最初の長いソロも見事でしたが、何といっても終盤のタム類を駆使した怒涛のソロが視覚的にも音量的にも凄い迫力!圧倒されました。終演後は大きな拍手。


続いて高橋悠治をソロイストに迎えて演奏されたのが「アステリズム」。高橋悠治の生演奏に接するのは久しぶり。大学時代に、築地本願寺などで行われていたコンサート(太田裕美がゲスト・ヴォーカルで参加したこともあったっけ)にはよく通っていました。とはいえそれ以来とんとご無沙汰だっただけに、個人的には一番楽しみにしていた演奏でしたが悪くはなかったものの、彼の過度な思い入れを廃した批評的な演奏は、前の曲が熱かっただけにやや割りをくってしまった感がありました。オーケストラとの共演も久々とのことで、ちょっと居心地が悪そうでしたね。終演後の拍手も前曲に比べてやや少なめでした。個人的には充分楽しめましたけどね。村上龍も初めて聴いたとき鳥肌を立てたという、終盤の40秒以上に及ぶクレッシェンドの迫力はやはり背筋をぞっとさせるものがありましたし、トーン・クラスター的な技法を多用していても保たれている独自の透明感や、時折顔をのぞかせるジャズ的な響き(エリントンというよりミンガスのビッグ・バンドのサウンドに近いように私には聴こえました)などに改めてこの曲の魅力を再発見した思いでした。


しかし、魅力を再発見したというならこの日最後のプログラム「ジェモー」につきます。正直CDで聴いている限りではそれほど好きな曲ではなかったんですよ。なんでオーケストラを2つに分けているのか良くわからなかったし。けれど今日実演に接してようやくこの曲を面白いと思いました。これだけでも今日来た甲斐があったというものです。
繰り返しになりますが、この曲はオーケストラが2群に分かれて演奏されます。ステージに向って左側をA群、右側をB群とすると、A群は若杉が指揮を執り、ソロイストにオーボエ奏者・古部賢一が立ちます。B群の指揮は高関。ソロイストはトロンボーンのクリスチャン・リンドバーグという布陣です。4楽章構成で、互いのオケが時に交代し、時にモチーフをかけあいながら曲は進行していきます。この音像が移動する部分がCDだと今ひとつ伝わってこなかったんですよ(我が家のオーディオの問題もありますけどね)。
2つのソロ楽器がほぼ同じことをやる第1楽章(ストロフ)を聴いているときは「オーボエトロンボーンの勝負じゃ音量的にオーボエが気の毒だなあ」なんて思ったりもしましたが、楽章が進むにつれそれぞれの個性を生かした見せ場が何度も訪れました。この曲もソロの部分ではジャズ的な要素を感じさせたのが面白いところ。オーボエの古部もさることながら、リンドバーグの楽器を充分鳴らしきっているように聴こえる響きは流石でした。
3楽章(トレーセス)ではオケの役割が交換され、オーボエをB群が伴奏、トロンボーンをA群が伴奏したのですが、こうした仕掛けの効果は実演なればこそはっきりと伝わってきました。なればこそ、最終楽章(アンティストロフ)でのA,B両群が一体となった終結部に輝かしさを感じることができたのです。ようやくタイトル「ジェモー」(双子座)の意味が実感できました。


コンサート終了後はそのまま同じ建物にあるアート・ギャラリーで武満にちなんだ展覧会を鑑賞。コンサートの余韻が残っていたせいもあるでしょうが、自筆の楽譜や、仕事で用いていたピアノなどを見ていると、それだけでどこからか“タケミツ・トーン”が立ち現れてくるような気分になりました。もちろん、彼とゆかりがあった美術家たちの作品もたっぷり堪能。武満徹の宇宙に浸った1日でした。