5/24瀬尾和紀フルート・リサイタル@浜離宮朝日ホール

さて昨日は強まる雨の中、仕事にピアノに大忙しの畏友chimeさん一押しのフルート奏者、瀬尾和紀のリサイタルへ行ってきました。
瀬尾和紀は1974年生まれの若手フルート奏者ですが、既に数枚のアルバムをリリースするなど、精力的に活動を行っている人です。詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


今回のリサイタルはピアノ伴奏に既に何度も共演を重ねている、ローラン・ワグシャルを招いてのもの。「フルート名曲コレクション」と銘打ってはいるものの、ポピュラーな小曲集ではなくソナタを3曲取り上げるといった力の入ったプログラムでした。


1.シューベルト:『萎める花』の主題による序奏と変奏 ホ短調op.160
2.ライネッケ:ソナタ ホ短調『水の精』op.167
3.プーランクソナタ
4.プロコフィエフソナタ ニ長調op.94 


どうですか、このプログラム。前半に19世紀ロマン派、後半に20世紀の名曲を配するといったある意味王道を行く内容です。それだけにごまかしのきかないシビアさがあるのでは、なんて思っていたのですが、そんな素人の余計な心配を軽く吹き飛ばす堂々とした演奏を聴かせてくれました。


まず最初のシューベルトでは瀬尾とローランのコンビネーションの良さをしっかり認識させてくれました。もともと歌曲集「美しき水車小屋の娘」の中の1曲をモチーフとした、シューベルトらしいメロディが充分に味わえる変奏曲なのですが、瀬尾の演奏もさることながら、様々に表情を変えた伴奏を的確につけていくローランのピアノに耳が向った曲でした。フルートを立てながらも出るべきところはしっかり出てくる押し引きの妙(これは全曲にいえることなのですが)もさることながら、後半、弱音でフルートの音色と絶妙にマッチする音色を重ねていくところに何度も息を呑むような瞬間が訪れました。


2曲目はライネッケ。この曲は昔聴いたことがあったっけかな〜というくらい記憶があいまいな、ほとんど初聴に近い曲でしたが、そのゆらめく旋律の柔らかさ、美しさに驚きました。ライネッケ自体これまでちゃんと聴いていない作曲家でしたがかなり見直しました。これだけでもこのリサイタルを聴きにいって良かったと思えたほど。「水の精」という表題がついていますが直接的な描写はありません。どこか東洋風にも響く旋律線に耳を傾けているうちに、いつしか自在にイマジネーションが膨らんでくるといった趣のある曲でした。


ライネッケにはおおいに感心させられましたが、それでもこのプーランクソナタにはかないません。これはプーランクの器楽曲の中でもとびきりの美しさをもつ奇跡的な傑作です。ライネッケが水の精ならプーランクの方は風の精か。それもエアリアルというよりプネウマに近い。あらゆるしがらみから逃れるように自在に広がっていく調べに、フランスの作曲家らしい軽やかなエスプリと共に、それだけに留まらない、霊気をはらんでいる何者かの存在をいつも感じるのです。この日も瀬尾のフルートから確かにその何者かが流れ出してくるように感じられました。個人的にはこの曲がやはりこの日のハイライト。


最後は瀬尾が高度な技巧の持ち主であることをはっきりと示してくれたプロコフィエフ。1楽章がずいぶん素朴なメロディの主題をもっているので「らしくないなあ」なんて思っていると、スケルツォ風の2楽章でプロコ特有のメカニカルなフレーズが頻発します。しかしひとつひとつのパッセージをしっかりと吹ききる瀬尾の演奏からは危なげなところなど微塵も感じません。リサイタル全体の最後にふさわしいスケールの大きさを持つ4楽章も見事なものでした。それにしてもこの曲は全体的にどこか同じ作曲者の交響曲第5番を思わせるものがありますね。
そしてアンコールは2曲。プーランク「C」とゴダール「ジョスランの子守唄」でしっとりと幕を閉じたのでありました。


全体的に瀬尾の音色は厚みがあり、輝かしさがありました。その明確なアーティキュレーションは曲の輪郭をくっきりと描き出し、馴染みが無い曲でも明晰に音楽の形がつかめてくるように感じさせてくれたのです。フルートの魅力を堪能した一夜でありました。昨日は給料日前なので手元不如意につき、CDが買えなかったけど(購入者はサイン会に参加できた)、ぜひCDでも聴いてみたいと思いましたよ。