テレンス・トレント・ダービー「N.F.N.F(Neither Fish Nor Flesh)」

Neither Fish Nor Flesh

Neither Fish Nor Flesh

87年にこの人が華麗に登場したときは「プリンスの次はこいつだ」とすぐファンになりました。ハスキーなヴォーカルもロック色の強い(もちろん、彼の音楽はそれだけに留まらない複雑なミクスチャー・ミュージックなのですが)音楽性も完全に好みで、デビュー・アルバムでこれなら今後はどれだけビッグなスターになるのかと思っていたのですが、89年のこの2nd以降はセールス的には振るわなくなり、めっきり寡作なアーティストになってしまったのでした。そして現在の彼はテレンス・トレント・ダービーと名乗ることもやめてしまっています。


そんなテレンス・トレント・ダービーの運命の分岐点となった89年発表のこのアルバム。売り上げは惨敗だったのですが、内容は“黒いペット・サウンズ”と呼びたい素晴らしい作品です。クレジットにもずばり“ブライアン・ウィルソンへ捧げる”という献辞がありますしね。
全曲の作詞・作曲はもとより、ストリングスやホーン・アレンジまで全てテレンス一人で行っています。ソウルやロック、ヒップホップなどを独自に消化し、時に60年代を思わせるサイケなサウンドは単純なジャンル分け不能。この音に「こんな荒廃した時代でも僕は信じているんだ」「誰かを深く知るということは、誰かを思いやりのある心で理解するということ」のようなタイトルをもった内省的な歌詞がつき、それが激しさの裏に切なさを忍ばせたヴォーカルで歌われる。ポップな意匠の下に透けてみえる深い孤独感が胸をうちます。聴後感が本当に『ペット・サウンズ』と似ているのです。


早すぎた傑作、とはこのようなアルバムのことをいうのでしょう。ハイ・ラマズなどが注目を集めた後に発表されていたら幅広い支持を集めることができたかもしれませんが・・・。