マキノ正博監督「鴛鴦歌合戦」

鴛鴦歌合戦 コレクターズ・エディション [DVD]

鴛鴦歌合戦 コレクターズ・エディション [DVD]

映画ファンの間でかねてより評判が高く、前から一度見てみたいと思っていた日本映画初の本格的オペレッタ作品(1939年)。ようやくこのDVDで見ることができたのですが、期待にたがわぬ面白さでした。


ストーリーは単純明快なラブコメ片岡千恵蔵扮する素浪人とその隣に住む、骨董マニアの傘張り職人(志村喬)の娘、お春(市川春代)を軸に、ディック・ミネ演じるバカ殿様(軽薄そうな表情が最高)や富豪の商人の娘、おとみ(服部富子)などが絡んでてんやわんやを繰り広げ、最後はめでたしめでたしとあいなる次第ですが、69分の上映時間の中に出てくる歌曲が実に35曲。全てビッグ・バンドによって奏でられるスイング・ジャズで、登場人物が織り成す飄々とした味わいのあるユーモラスなやりとりを華やかに彩っています。音楽を担当したのは大久保徳二郎。戦前にジャズを独自のポップスに昇華した音楽家というとまず服部良一が思い浮かびますが、ここでの大久保による音楽も素晴らしいものです。物語のクライマックスとなる立ち回りのシーンでの画面と音楽のハマリ方には、「ムトゥ 踊るマハラジャ」を連想。また、ディック・ミネの家臣達がビッグ・バンド・サウンドにあわせて、ほら貝・小鼓・横笛、銅鑼などを演奏するシーンには爆笑しました。


とはいっても中心となるのはやはり歌。片岡千恵蔵はさすがに吹き替えだったそうですが、小粋にスイングするディック・ミネ、正統派の歌唱を聴かせる服部富子、味のある声を聴かせる(その上手さにディック・ミネも驚いたそうです)志村喬、それぞれ見事なものです。しかし、私が一番印象に残ったのは市川春代で、大瀧詠一が解説で絶賛していますが彼女の歌唱は元祖アイドル・ポップ!大瀧の文章を引用すると、

これがミナサン!彼女こそ<<おニャン子クラブ>>の元祖だったんですね。実に絶妙な音程のふらつき!今にも落ちそうで落ちない空中ブランコを見ているようなスリリング極まりない歌唱。

ということなのです。彼女の演じる役の性格も今でいう“ツンデレ”。正に時を越えてアイドルの輝きを放っているといえるのではないしょうか。作品の具体的な背景や映画史的な位置づけについては山根貞男山田宏一、先に引用した大瀧詠一などの層々たる顔ぶれが執筆しているブックレットに詳しく書かれており、ここで私が触れることもないのですが、とにかく見ていて幸せな気分に浸れる映画でした。カーテン・コール的なエンディングも実に洒落ていて、とても一週間で撮られたとは思えません。