ユリ・ケイン・アンサンブル「ゴルトベルク変奏曲」

Goldberg Variations: Aria and 70 Variations Adapted, Arranged and Composed by Uri Caine

Goldberg Variations: Aria and 70 Variations Adapted, Arranged and Composed by Uri Caine

数あるゴルトベルク変奏曲の中でもおそらく、もっとも型破りな演奏だと思われます。
これまでにもマーラーユダヤ音楽の視点で解釈したり、ワーグナー室内楽的に演奏したりするなどの試みを行っていたユリ・ケインが、「ゴルトベルク変奏曲」という器に持てるアイディアをかたっぱしからぶち込んでみたという趣。ピアノ・ソロや古楽器のアンサンブルはもちろんのこと、聖歌隊、ソウルフルなヴォーカル、サンプリング・ビート、タンゴ、モーツァルトラフマニノフなどのパロディなどありとあらゆる音楽の形式が次々と立ち現れ、原曲では30だった変奏の数がなんと70に。当然CD1枚で収まるわけもなく、2枚組で約2時間半の一大音楽絵巻とあいなりました。
ケインによるとこれらの変奏は、「テーマに厳密なもの、他のバッハの作品に触れているもの、テーマには全く厳密ではない即興演奏で32小節のストラクチャーに基づいているだけのもの、もっと抽象的なものでほとんどバッハの作品を示唆している程度のもの」に分類できるとのことですが、それらの比率はどうなっているのか、それらが出てくる順番に規則性はあるのかなどちょっとやそっとではその意図を読み取らせてはくれない手強さがあります。とはいっても、そんなに堅苦しい音楽ではないことは付け加えておかなくてはなりません。ユーモアはこのアルバムの魅力の大きな要素です。
それにしてもこの演奏は聴く側の想像力をあれこれふくらませます。例えば、一見まとまりがつかないように思える多彩な演奏を冒頭のアリアと終盤のそのリプライズで挟んでかりそめのトータリティをもたせた、と考えるとビートルズ「サージェント・ペパーズ」との共通点が浮かんでくるように思える、といった具合。「バッハは音楽の父である」とはよく言われることですが、この親父は自分の子をいったいどこまで認知できるのかをケインはこの作品で問うているのではないでしょうか?