アルド・チッコリーニ東京公演@東京文化会館

RYOSEIさんと一緒にアルド・チッコリーニのリサイタルへ行ってきました。
アルド・チッコリーニは現役のピアニスト最長老といってもいい人で、1925年生まれというから実に今年で80歳になります。しんねりむっつりとした表情でステージに立ち、ピアノに向かってややぎこちなく歩いていく姿には年齢を感じさせずにいられないものがありました。ところがいざ演奏が始まると、その指先からは驚くほど美しい音が溢れ出てきたのです。

この日のプログラムは以下の通り。


ベートーヴェン ピアノソナタ第31番
        ピアノソナタ第23番「熱情」
  
ラヴェル 高雅にして感傷的なワルツ
デ・ファリャ 4つのスペイン小曲集
《アラゴネーサ/クバーナ/モンタニェーサ/アンダルーサ》

       アンダルシア幻想曲

(アンコール) 
ショパン 夜想曲op.9-2
ドビュッシー プレリュード第一巻より「ミンストレル」
ファリャ 火祭りの踊り


前半がベートーヴェン、後半がラヴェルとファリャ。ラヴェルはパンフレットには掲載されていなかったので急遽追加されたのでしょうか。うれしい不意打ちでした。


ベートーヴェンの31番は終始柔らかいトーンでゆったりと弾かれた演奏。冒頭の和音が奏でられたときに、なんとも良い香りが立ち昇ってくるような感覚におそわれました。そのままチッコリーニに導かれて、庭園を静かに巡っていくような心地に。ベートーヴェンでこんな感覚をおぼえたのは初めてです。柔らかいトーンといっても決して旋律の輪郭がぼやけてしまうことはなく、最終楽章でのフーガの部分では各声部の絡みも充分に味わうことができました。
内省的な印象の31番とは変わって、ぐっと押し出しの強くなった印象を受けたのが続く「熱情」。決して派手な演奏ではなかったと思うのですが、曲の持つスケールの大きさが自然と伝わってくるのが流石のひと言。こちらは巨大な建築物を仰ぎ見るといった印象。


休憩を挟んでラヴェル。サティやドビュッシーといったフランス物も得意な彼の、まさに「自家薬籠中のもの」という形容がぴったりの演奏。華やかな音色とワルツのリズムに心浮き立たずにはいられません。
そしてファリャ2曲。順番が前後しますが、最後に弾かれた「アンダルシア幻想曲」はルービンシュタインに捧げられただけあって、スピーディーで細かいパッセージが多い技巧的な曲。これを一気に弾ききったエネルギーに脱帽するばかり。しかしより深い感銘を受けたのはその前の「4つのスペイン小曲集」の方。歯切れの良いホタのリズムとスパニッシュなメロディーが強烈にスペインの風や光を感じさせました。行ったことないんですけどね(笑)。


エネルギッシュなファリャの熱気覚めやらぬ中、観客の熱い拍手に応えて巨匠は3曲もアンコールを披露してくれました。まずはショパンノクターン。有名な旋律がさざなみのように会場へ広がっていくのに酔いしれるばかり。続いてドビュッシーの「ミンストレル」。独特のリズムとユーモアがいい。そして「火祭りの踊り」は大きく手を上下させたダイナミックな熱演で、まだこれだけのパワーが残っているのかと感嘆しました。


最初に曲目を知ったときは、ベートーヴェンとファリャなんてずいぶん変わったプログラムだなと思っていましたが、こうして実際に聴いてみるとかなり考えられたプログラムのように思えました。まず、前半のベートーヴェンが内省的と外向的な対比の関係となっており、さらに精神的なベートーヴェンに対し華やかなラヴェルとファリャが鮮やかなコントラストを為している。これによってそれぞれの曲の特色が一層際立っていたように感じられました。
そして何よりも素晴らしかったのが、全体を通して一貫している気品の高さ。激しく曲と切り結ぶということはなく熟達した余裕を感じさせ、さりとて「枯れてる」と表現するのはためらわれる瑞々しさ。ワインの用語でいうところの「フィネス」という言葉が一番似つかわしいように思えます。高雅な余韻に包まれた素敵なリサイタルでした。