ボブ・ディラン「ナッシュヴィル・スカイライン」

69年作。ボブ・ディランという名前をひとまず忘れてこのアルバムに耳を傾ければ普通に心地よいカントリー・ロック。しかし、ディランの歴史の中ではかなりの異色作となるのがこの人の厄介なところ。全編にわたって、あのガラガラ声ではなく甘いソフトな歌声で通してしまったアルバムです。
ムーンライダーズ岡田徹はかつて自分のソフトな声が気に入らず、ヴォーカルを取る時はタバコを吸ったりカレーを食べたりして、わざとしゃがれた声にしていました。けれどもしゃがれ声だった人がいきなりソフトな声質になったというのは聞いたことがありません。つくづく謎の男です、ボブ・ディラン


とはいえ、いろいろ謎はつきないものの、いいアルバムだと思います。ここでのディランはシンプルで出しゃばらないバックの演奏に支えられて楽しそうに歌っているし(まあ、69年という激動の年にディランともあろう人がこんな風に楽しそうに歌ってる、という事自体が謎なのですが)、ジョニー・キャッシュとデュエットした初期の名曲「北国の少女」の再演を初め、シングル・ヒットした「レイ・レディ・レイ」や「今宵はきみと」など曲もなかなか粒揃い。収録時間もおよそ30分と、コンパクトに楽しめるアルバムなのです。


時々、切羽詰った気持ちに襲われ、ディランを浴びるように聴きたくなるときがあります。そんなときにCDプレイヤーにかけるのは私の場合なら「ブロンド・オン・ブロンド」や「ブリンギング・イット・オール・バック・ホーム」であったり、「血の轍」や「プラネット・ウェイヴス」、時には「インフィデル」(初めてリアル・タイムで接したアルバムなので思い入れがあります)だったりするのですが、「ナッシュヴィルスカイライン」であることはありません。それでも、このアルバムは手元にないとどこか寂しいアイテムです。連日の暑さに参っている身としては、ここで聴けるリラックスしたディランの姿がとても魅力的なのでした。