高橋悠治「バッハ:ゴルトベルク変奏曲」

バッハ:ゴルトベルク変奏曲

バッハ:ゴルトベルク変奏曲

まず本人の言葉を引用。

「音楽の父」となったバッハの父権的権威に抵抗して 音楽をその時代のパラドックスの環境にかえしてやる 均等な音符の流れで縫い取られた和声のしっかりした足取りをゆるめて 統合と分岐とのあやういバランスの内部に息づく自由なリズムをみつけ 組み込まれた小さなフレーズのひとつひとつを 固定されない音色のあそびにひらいていく といっても スタイルの正統性にたやすく組み込まれるような表面の装飾や即興ではなく 作曲と楽譜の一方的な支配から 多層空間と多次元の時間の出会う対話の場に変えるこころみ 

高橋悠治2度目の録音となったゴルトベルク変奏曲。私は最初の録音は聴いていないので比較はできないのですが、それにしても奇妙な味わいのバッハです。すらすらと音楽が流れていったかと思うと、ふいに淀んだり引っかかったように聴こえる箇所がある。ぶっきらぼうに弾いているとしか思えないところもあれば、緻密な味わいをみせるところがある。音色なんて気をつかってないんじゃないかと呆れかけた瞬間に、突然精妙な響きが聴こえてくる・・・先の展開が読めない演奏なんです。そして最後のアリアのそっけなさといったら!なるほど上に引用した言葉を実践するとこうなるのかと感心しました。普通の態度で接するとはぐらかしの連続のように聴こえるかもしれないけど、そうですねえ、ある意味リミックス・ヴァージョンを聴くような感覚で向かうと、意図されたノンシャランな音の戯れが楽しめるのではないでしょうか。この人がいまさら普通の演奏をやってもしょうがないので、私にとってはこの演奏は「あり」です。