ロキシー・ミュージック「アヴァロン」

アヴァロン(紙ジャケット仕様)

アヴァロン(紙ジャケット仕様)

録音芸術のひとつの頂点というべき82年の大傑作。バハマのコンパス・ポイント・スタジオでの録音、エンジニアにボブ・クリアマウンテンを起用など80年代を象徴する製作方法でありながら、完成した音はエヴァーグリーンの輝き。エコー、リヴァーブの使い方が絶妙で幽玄ともいえるサウンドスケープが現出し、フェリーのヴォーカルも艶っぽく、ものすごくクオリティの高い録音です。この音質あってこそ細部まで凝ったアレンジも堪能できるというもので、全編に渡って効果的に使用されているパーカッションをはじめ、「テイク・ア・チャンス・ウィズ・ミー」のイントロでのオーボエや、「トゥ・ターン・ユー・オン」のエンディングで登場するチェロが、いかに効果的にサウンドのカラーリングとして機能しているかも十二分に聴く者に伝わってきます。
前作「フレッシュ・アンド・ブラッド」からロキシー・ミュージックはブライアン・フェリー、フィル・マンザネラ、アンディ・マッケイの3人となり、リズム・セクション不在の変則的な形態のバンドとなりました。そのためフェリーが取った方法は、一流のセッション・ミュージシャンを多用するというスティーリー・ダンに通じるもの。そのため後期のロキシーはバンドというよりも、フェリーの美学を反映させるための装置にすぎなくなりました。しかしこの完成度を前にすればそんな不満もささいなこと。アヴァロンとはケルトの伝説で、アーサー王が死後、または重傷を負ったときに治療のために運ばれたという地です。そこは、林檎の香りのする常春の島とされることもあり、人々は年をとらず穏やかに暮らしているといわれています。この神話的なモチーフはジャケットにはっきりと反映されていますが、それをフェリーは歌詞の面では愛の理想郷として読み替え、サウンドの面では16ビートを基調にしたスタイリッシュなソウル・ファンクとして大胆にアプローチしたわけです。結果、下手なプログレよりずっとコンセプチュアルであり、半端なソウルよりはるかにスピリチュアルという稀有な音楽が生み出されました。
個人的に最も愛着を覚える彼等の作品は「マニフェスト」だし、彼等がロック史的に重要だったのは初期のイーノ在籍時だったと思うのですが、「アヴァロン」はいつ聴いてもため息が出てしまうほど美しい逸品。非の打ち所のないとはこのことかとさえ思ってしまいます。