キップ・ハンラハン「ヴァーティカル・カレンシー」(ASIN:B00005IF1U)

ヴァーティカル・カレンシー

キップ・ハンラハン率いるアメリカン・クラーヴェの生み出す音には、いつも都会の夜の匂いがするような気がします。どんなに激しくトラップ・ドラムがラテンのビートを叩きだしても、どこかクールなところがあるんですね。その一方で、狂おしい程のロマンティシズムが伝わってくる瞬間もあり、それにはまるともう抜け出せなくなってしまいます。
そんなキップ・ハンラハンの音楽の魅力がわかりやすく伝わってくる作品が本作。ハンラハン自身が「ソウル・バラードをたっぷりぶち込んで俺たちなりの“スモーキー・ロビンソン”風アルバムにしてやる」と決意して製作しただけあって、表面上のアレンジを超えたところで都会が生み出したソウル風の感触があるように思えます。晩年のアストル・ピアソラ、ドン・プーレン、アントン・フィア、フレッド・フリス、スティング・・・etc。デビュー当時から既に様々な個性派ミュージシャンとコラボレートして作品を作り続けたハンラハンが、ここで重要なパートナーに選んだのはジャック・ブルース。もちろん、あのクリームのジャック・ブルースですよ。彼のヴォーカルがこの作品の雰囲気を決めている大きな要素になっています。決してうまいヴォーカルの人ではないのですが、少しほろ苦い味わいの声の魅力が上手く生かされています。バンド陣ももちろん実力あるミュージシャンで固められており、スティーヴ・スワロウのベースやデヴィッド・マレイのサックスの好演も聴き逃せないところですが、このアルバムが初共演となった、アート・リンゼイとピーター・シェラーの存在を書かないわけには行きません。この共演がアンビシャス・ラヴァーズ誕生のきっかけとなったのですから。そんなメンバーで奏でられるキップ・ハンラハン流のラテン・ソウル・ポップは、セロニアス・モンクの「ラウンド・ミッドナイト」がそうであるように、深夜の都会に響くのがよく似合うのであります。

そう、俺たちは自分自身の言葉でポップスを表現したのだ。それに、そうだ、冬の静けさが俺たちを包み込んでいた。俺たちが創りたい、聴きたいとずっと思っていたポップ・アルバム。それがこの作品である。
(ライナーノーツより。キップ・ハンラハンの言葉)