渡辺貞夫『ムバリ・アフリカ』

ムバリ・アフリカ

ムバリ・アフリカ

私がナベサダを知ったのは『オレンジ・エクスプレス』の頃ですから、ジャズの人という認識は無く、長年フュージョンの人と思い込んでいました。なので、後に山下洋輔富樫雅彦などを聴くようになって、実はその2人を従えたバンドをやっていて、バークリー理論を若手ジャズ・ミュージシャンに教えていたことや、渡米時代にゲイリー・マクファーランドやチコ・ハミルトンと共演していたことを知って驚いたものです。ボサノヴァやサンバを日本のジャズ・シーンに積極的に導入したのも大きな功績ですね。時代の音に敏感で、常に自分を刺激してくれる音を探求していた感性豊かなミュージシャンだったのです。
そのナベサダが70年代前半に最も傾倒していたのがアフリカ音楽でした。なるほど、先日取り上げたスタンリー・カウエルや当時のマイルスも独自の方法でアフリカにアプローチしていたことを思うと、実に機を見るに敏だったといえるでしょう。ただし、カウエルやマイルスにとってアフリカ音楽の追求はそのままアフリカン・アメリカンとしてのルーツ探求に即つながってくる切実な問題としてあったと思いますが、ジャズもアフリカ音楽からも“周縁”の位置にあった日本人のミュージシャンはどのように向かっていくべきなのか。このアルバムに至るまで、ナベサダはアフリカを旅してまわったり、現地のグループと共演を重ねたりして独自の追及を続けてきました。そして、その試みの集大成がこの作品のように思います。
1974年9月20日に郵便貯金会館ホールでのライヴを収録したライヴ・アルバムなのですが、ここに参加したミュージシャン達が強力な面々。富樫雅彦、鈴木勲、日野元彦、岡沢章、本田竹廣によるリズム隊、ナベサダ本人と日野皓正、宮田英夫のホーン、そして渡辺香津美が加わっているのですから、まさにナベサダ言うところの(音楽)馬鹿達が一同に会したといえるでしょう。とにかく熱い演奏を繰り広げてくれます。アルバムは2枚組となっていて、1枚目は富樫雅彦、鈴木勲、日野元彦、岡沢章、本田竹廣にナベサダのワンホーン編成で、どちらかというとジャズ寄りの演奏ですがそれでも充分にカッコいい。そして日野皓正、宮田英夫渡辺香津美が加わる2枚目からぐっとアフリカ色が濃くなります。とはいってもここで展開されているグルーヴは、やはり当時の日本のミュージシャンにしか出せないものなのがこの演奏の素晴らしいところでしょう。このアルバムには表面的な模倣を越えた独自の音楽が確かに鳴っているのを感じずにはいられません。