柔らかいピアノに導かれてほのかな苦みと憂いを帯びたヴォーカルが聴こえてきた瞬間、なぜもっと早くアルゼンチンの音楽に注目しなかったのだろうかと後悔しました。カフェ・アプレミディを主宰する
橋本徹が“メランコリー”に焦点をあてて編んだこのコンピレーション盤には、今の私が最も求めていた響きをもつ音楽がつまっていたのです。アレハンドロ・フラノフ、モノ・フォンタナといったアルゼンチン
音響派と呼ばれている人たちや、こよなく
ボサノヴァを愛したギタリスト、アグスティン・
ペレイラ・ルセーナのように既に知っていたアーティストも収録されていましたが、ほとんどのアーティストはここで初めて耳にした人ばかり。そのどれもがシンプルでありながらこのうえなくイマジ
ネイティヴな音楽を奏でているのですから驚きました。内省的でありながら、広大な空間につながっているような広がりを感じさせるのはアルゼンチンという大地の為せる技か・・・というのは
通俗的な解釈でしょうか。その繊細な美しさと哀感は強いて似ている音楽を挙げるとするならば、
グレン・グールドの弾く
ブラームス、
フォーレの
バルカローレ、
ビートルズ『
アビイ・ロード』、
ニック・ドレイクや
ジュディ・シル辺りと共通するものがあると私には感じられましたが、むろんそのどれとも異なる魅力があります。
フォルクローレはもちろん、ジャズ、クラシック、
ボサノヴァなどから絹糸の部分だけを取り上げて編み上げたような精緻な美しさと憂愁を帯びた音楽。