ラテンアメリカ弦楽四重奏団『ヴィラ=ロボス:弦楽四重奏曲全集』

ヴィラ=ロボス:弦楽四重奏曲全集(6枚組)

ヴィラ=ロボス:弦楽四重奏曲全集(6枚組)

弦楽四重奏曲というジャンルは、大雑把にいえばハイドンが切り開き、ベートーヴェンで一旦頂点に達した音楽ということができそうです。この点、交響曲と共通するものがありますね。今月はベートーヴェン弦楽四重奏曲をあれこれ聴き比べていたのですが、ハイドンモーツァルトの影響を残しながらも既に個性が確立している初期、“傑作の森”時代に生み落とされたラズモフスキーの3曲、そしてベートーヴェンの最終到達点を示す後期の諸作と聴きどころが多く、ベートーヴェンの魅力の全てがこのジャンルに集約されているのではと思った程でした。
これらの傑作の森が後世の作曲家に与えたプレッシャーは交響曲以上かもしれません。実際ベートーヴェン以降、弦楽四重奏曲を2桁以上書いた作曲家はぐっと減ってしまうのです。ロマン派ではドヴォルザークが14曲と気を吐いているぐらいでしょうか。フランスの作曲家はフォーレドビュッシーラヴェルが傑作を残しているものの、いずれも1曲だけ(フランスで多数の作品を残しているのはミヨーで実に18曲)。ベートーヴェンと並ぶ弦楽四重奏の高峰と称されることの多いバルトークでも6曲どまりなのです。ロマン派以降で知名度があり、数多くの作品を残しているのはショスタコーヴィチの15曲くらいでしょうか。
そんな中にあって、決してクラシックの本流とはいえないブラジルの作曲家であるヴィラ=ロボスが実に17曲もの弦楽四重奏曲を残しているというのは驚くべきことでしょう。しかしこの多作家の全貌をとらえるのはなかなか難しい。やはり最初は「ブラジル風バッハ」、「ショーロ」シリーズやギター独奏曲に目がいきがちです。かくいう私もきちんと聴いたといえるのは「ブラジル風バッハ」シリーズくらい。他にはハーモニカ協奏曲といった変り種の作品を面白がって聴いてはいましたが、それ以外の作品となるとほとんど何も知らないに等しい状態でした。それさけにこのブリリアント・レーベルから廉価版で出た全集を聴いてみたときは驚きました。近代的な響きに加え、ブラジル音楽やタンゴっぽいリズムやメロディーも飛び出す多彩な曲調で、聴いていてとても楽しいのです。ベートーヴェンバルトークのような革新性や深みはないかもしれませんが、彼らとは全く異なった魅力のある世界がここにはあります。ウィキペディアでは「民謡風な魅力はあるものの、交響曲の項でも述べたように古典的な形式という枠組みが足かせとなって、才気の飛翔を妨げている憾みがある。」と評されているのですが、私にいわせればこれは話が逆で、古典的な形式の中でブラジル音楽独自のメロディーやリズムがふっと出てくるところにこそヴィラ=ロボスの才気を感じるんです。「ブラジル風バッハ」より興味深く聴けました。交響曲ピアノ曲など、他のジャンルの曲も聴きたくさせる、刺激に満ちた全集でしたね。