7/14 大野松雄〜宇宙の音を創造した男〜@草月ホール

僕がいままで追求してきた、この世に存在しない音、「この世ならざる音」というものを、やっぱり今でも探し続けている。それが今回、何かひとつのかたちとなって現れたら有り難いな、と思っています。
大野松雄

国産アニメの第1号「鉄腕アトム」で、あの印象的なアトムの足音をはじめとする斬新な音響を生み出したことで知られる、電子音響デザイナー・大野松雄のコンサートに行って来ました。1930年生まれの大野は現在78歳。しかし近年でもレイ・ハラカミのリミックスを手がけるなど今だ現役として活躍しているのです。そんな彼がなんと生涯初のステージ・ライヴを行うというのですから、これは事件だ!と勇んで草月ホールに向かいました。
さすがに長時間ぶっ続けのステージは難しいということで当日は2部構成となっていました。

まず第1部は大野がこれまで音響デザインを手がけてきた映像を上映。最初は1962年の科学映画「血液―止血とそのしくみ」。題名どおり血液が凝固する仕組みを解説した短編映画ですが、粟津潔のデザインと大野の音響によってありきたりな啓蒙映画の枠をとびこえた作品になっていました。カラーの顕微鏡画像に無機的なビートを刻む電子音が合わさると、生体ではなくて抽象絵画を見ているかのような錯覚に陥るのですね。生命の不思議さを称えるような音ではなくて、あくまで画面と切り結ぶ音響がひたすら続くのが印象的で、最初に上映されるのにふさわしいインパクトがありました。
続いて1964,66年、真鍋博の勢作によるアート・アニメーションの掌編が2編。今のアニメと全く異なる手法でつくられているのが新鮮でした。音楽についても同様で、例えば久石譲のような作曲家が音楽を手がけていたら、ほのぼのとして適度に瀟洒なわかりやすく、見る人が感情移入しやすいような曲をつくっていたと思うのですよ。しかし大野がつくりだす音楽―というよりやっぱり音響と呼ぶ方がふさわしい―は安易な感情移入を許しません。全く浮いているわけではないのですが、強烈な異化効果で画面に緊張をもたらすのです。
その画面と音響の緊張感が凝縮した形で表現されたのが1972年にドキュメンタリーフィルム作家の松川八洲雄が監督した「土くれ―木内克(よし)の芸術―」でしょう。なにしろ映像の方もナレーションを一切排し、木内の作品と作業風景を通して芸術家の本質にじっと迫っているのですから、そのままでも緊迫感があるのですが、対する大野も電子音の他に、木内の部屋の時計の音、水滴、デッサンの時に紙を擦っていくコンテの摩擦音等の現実音を大胆に操り一層緊張感を高めていくのです。17分という短い上映時間ですが、見終わった後はかなり疲れましたね。ここでいい具合に休憩が入りました。

上にも書いた通り、大野の音響は安易な感情移入や物語を排したところに成り立っています。いくらサブタイトルに宇宙の音を創造、とあっても冨田勲的なスペース・サウンドとは対極の位置にあるんですね。だからといって無味乾燥な前衛芸術ではなく、確かなエモーションを感じるんですね。先の映像作品からもそれを感じることができましたが、それが現在でも変わらず保たれていることを実感させてくれたのが第2部でした。
まずは映像作家・由良泰人とのコラボレーション「a point」。子供達の笑い声で穏やかに始まったのですが、もちろんエレクトロニカやソフト・ポップ的展開になんてなるわけがなくて(笑)、徐々にインダストリアルで金属的な音響がリズムを刻んでいきます。由良の映像は淡い色彩で、田舎の原っぱのある住宅地の風景などを映し出しており、凡庸な感性の持ち主ならばいかにもノスタルジックな音楽をつけたくなるところですが、音響はメタリックでノイジーな度合いがどんどん高まっていくのですからものすごい。時折強烈なトライバル・ビートが鳴らされる瞬間もあり、「メタル・マシーン・ミュージック」時代のルー・リードメルツバウが共演しているかのような激しい展開になることもしばしば。これには圧倒されました。最後は再び子供達の笑い声で幕。電子音によって平凡な風景の奥に潜む不定形のエネルギーを抽出してきたかのような印象を受けました。

そしていよいよ大野本人が2人のオペレーターを従えてステージに登場。「Yuragi#8」の演奏が始まりました。大野の演奏姿はDJを思わせます。ただし、彼がまわしているのはアナログ・レコードでもCDでもなく、オープンリール・デッキなのです。これについては公演のパンフレットにある大野自身の言葉を引用した方が話が早い。
「まず2台のアナログテープデッキを用意する。オープンリールのテープに800ヘルツ〜1000ヘルツの発信音を収録しておく。そのテープのスピードを「片手で調整」しながら、もう1台のデッキに送る。そうして収録しながらフィードバック・ディレイをかけていくと「世にも奇妙なエレキっぽい音」が立ち現れるハズ。その変な音を、アナログサラウンドで客席に漂わせよう」という目論見です」
これに付け加える言葉はあまりないのですが、その浮遊感溢れるサウンドはまるでヤン富田ロバート・フリップの「フリッパートロニクス」でダブをやったようだと例えればよいでしょうか・・・いや、これじゃかえってわからないか(笑)。あくまでアナログ・テープにこだわって音をつくっていったところに大野の矜持を感じました。シンセを使わなくても鳴り響く音は充分に今のサウンドでした。現在大野のドキュメンタリー映画サウンドアルケミスト」が製作中とのことで、会場にカメラが入っていましたから、この日の模様も映画に収録されるでしょう。完成が楽しみですし、なにより大野自身による新作が聴きたいです。刺激的な公演でした。

アトムの音を作った大野松雄

ライヴに先立ちYou Tubeで公開された「a point」リハーサル時の映像です。できるだけ大音量でお楽しみください。