ボブ・ディラン&ザ・バンド『地下室』

地下室(ベイスメントテープ)(紙ジャケット仕様)

地下室(ベイスメントテープ)(紙ジャケット仕様)

新作の発表にあわせた形でディランの70年代のアルバムの数枚が紙ジャケ・リマスターで再発されました。その中でもこの『地下室』は待望のリマスター化で、旧盤よりずっと音質が向上しており、満足できる仕上がりです。
熱心なファンなら今さらですが、このアルバムが出来た経緯についてざっくりと書いておくと、1966年7月にボブ・ディランウッドストックの田舎道をモーターバイクで走っていたところ、転倒してしまい入院を余儀なくされました。当時のディランといえば『追憶のハイウェイ61』や『ブロンド・オン・ブロンド』といったロック史に残る傑作かつ問題作を矢継ぎ早に発表し、音楽シーンの最重要人物の一人としてその動向が注目を集めていましたが、この入院をきっかけにしばらく表立ったシーンには出てこなくなったのです。では療養生活の間に一体何をやっていたのか?その答えの一部がここにあります。ウッドストックに65年から66年にかけてのツアーで彼のバックを務めたザ・ホークスのメンバーを呼び寄せ、彼らが借りた一軒家の地下室でセッションに興じていたのです。彼らとはロビー・ロバートソン(彼はガールフレンドと一緒に別の場所に住んでいました)、リック・ダンコ、リチャード・マニュエル、ガース・ハドソン。里帰りしていたリヴォン・ヘルムは遅れて合流します。地下室のあるリック、リチャード、ガースの住んでいた家は後に“ビッグ・ピンク”と呼ばれるようになり、その名前はそのままザ・ホークスが“ザ・バンド”と名を改めデビューしたときの1stアルバム・タイトルに使われました。ここで繰り広げられていたセッションは2トラックのオープン・リールに録音されていて、実に150曲に及ぶ楽曲が出来上がったそうです。そしてその中からロビー・ロバートソンが24曲を選び、1975年になって発表したのがこの『地下室』なのです。
60年代ディランのキャリアの空白を埋め、かつザ・バンド誕生前夜の記録としてこのアルバムの資料的価値は計り知れないものがあることは疑う余地のないところです。では、そこから離れてもこのアルバムに耳を傾ける価値はあるでしょうか?こう書いたのもこのアルバムの評価は結構分かれているからなんですね。アメリカン・ルーツ・ロックの傑作として絶賛する声もある中で、あくまでこれは“記録”であってそれ以上でも以下でもないという意見も目に付きます。元々公式に発表するつもりはなく、あくまで気楽にセッションを楽しんだ演奏なのですから、完成度の高さにばらつきのあるのは止むを得ないところ。後にザ・バンドの1stにも収録されたいくつかの楽曲(「怒りの涙」や「火の車」)を聴き比べるとそのことがはっきりします。しかしリラックスした雰囲気だからこそ醸し出された楽しさが『地下室』には満ちています。様々な人物が登場する歌詞もかつてのディランほど難解ではなく、アンダスンの短編集「ワインズパーク・オハイオ」に似た味わいもあるのです。ある程度ラフな部分があるからこそ、想像力がかきたてられることもあります。近年のビートルズで『サージェント・ペパーズ・・・』より『ホワイト・アルバム』の評価が高まっているのが好例で、この『地下室』もその視点で聴くと色々発見があると思います。実際XTCのアンディ・パートリッジはこのアルバムを“インスピレーションを呼び起こすために聴く音楽”として挙げているのですから。
いつもよりリラックスした雰囲気の中で気のおけない仲間と楽しんだ演奏の魅力がつまったこのアルバム、ディランやザ・バンドのファンはもちろんのこと、最近人気の「けいおん!」でロック・バンドに興味をもった方も一度聴いてみてはいかがでしょうか・・・っていきなりこれは渋すぎますかね。しかも男ばっかりだし(笑)。