10/12 FLIP SIDE of the moon presents "FLIP SIDE of the music business" @下北沢ラ・カーニャ

山下スキルさんが自らの足と耳とハートを駆使して見つけ出した、珠玉の「うた」を聴かせてくれる3組のアーティストによるジョイント・ライヴに行ってきました。下北沢に行くのはなんと2004年のインスタント・シトロンのライヴ以来になります。良い意味で雑然としている街で、学生生活をここで過ごせたら楽しかっただろうなあ、と思わせる活気あふれる場所ですね。

聴衆は60名弱。主宰者のスキルさん自ら受付を行い、遠方からお越しになるお客さんがちょっと遅れたため開演を30分程ずらすというアット・ホームな雰囲気が心地よい空間の中、ホンマジズエと水島敬之によるカヴァー曲を演奏するユニットmisolaが奏でるバカラック・ナンバー「雨にぬれても」からライヴはスタートしました。ホンマシズエのキュートなヴォーカルと水島のギターとハーモニカによるリラックスした演奏。そしてビーチ・ボーイズ「サーファー・ガール」と続きます。水島のハーモニカがどことなくボブ・ディラン風なのが一見さらりとした曲解釈に適度なスパイスを効かせていて、そこに面白さを感じていたのですが、なんと水島は熱心なディラン・ファンだそうで、「風に吹かれて」の後には彼自らのヴォーカルで「ラヴ・マイナス・ゼロ」を歌ってくれました。有名な曲を奇を衒った解釈で“料理”するのではなくて、好きな曲を自然に歌いたい、聴かせたい、という気持ちが伝わる初々しいステージでした。

続いては独特のファンタジックな音世界を聴かせてくれたmayulucaのステージ。ぱっと見は普通のギター弾き語りのスタイルなのですが、浮遊感のあるメロディとスキャットに絡まるギターがミニマル・ミュージック的な要素が濃いのが実に新鮮で、サポート・ギタリストの前原孝紀を加えた数曲ではその傾向が一層顕著になっていました。伸びやかで透明感のある声質も私好みで、ステージ終了後すぐに販売していたCD−Rを買っちゃいましたよ。今聴きながらこの文章を書いています。一筆書きのようなシンプルで伸びやかなメロディと空気感が実に心地よいですね。

さてラストは秋山羊子。事前に唯一音を聴いたことがあるのが彼女で、アルバム「指一本で倒されるだろう」を持っているのですが、スキルさんによると彼女の本領はライヴでこそ発揮される、ということなのでわくわくしながら待っていましたが、果たしてその期待は充分にかなえられました。ピアノに座って演奏を始めるのかと思いきや、ステージにすっくと立った彼女はいきなり即興で今日のライブへの感謝の思いを歌い始めたのです。そのとき、会場の空気が一変するのを確かに感じました。そして会場を歩きながら「うた」を紡ぎだしていきます。シャウトをしているわけではないのに、とても強さを感じる声。“音楽”が生まれる瞬間を目の当たりにしたようでした。ピアノに戻ってアルバムでなじんだ曲を演奏したときでも、自在に即興的なフレーズや歌詞が挿入されるスリリングな展開に客席は静かな興奮に浸されていきました。圧巻は途中、観客として来ていた知人のアーティストや主宰者の山下スキルさんをステージに呼び出して即興でコーラスをさせた場面。互いに手探りで音を重ねていく姿がとても良かったです。秋山羊子とは目に見えるもの、手に触れるもの全てを音楽に変えてゆく魔法使いだったのですね。なるほど、CDではこの魅力を伝えるのは難しいかもしれません。

3者3様の音楽を堪能した一夜でした。共通しているのはエゴイスティクな点がまったく感じられなかったこと。「オレ様を聴け!」といったスタイルではなく、あくまで伝えたいのは音楽。その歓びを共有しようという思いです。それは山下スキルさんのあいさつからも充分に伝わってくるものでした。伊豆田洋之のポール・マッカートニー・カヴァー・ライヴで感じた温かい空気がここにも流れていました。音楽を奏で、歌い、聴くことの幸福というものを改めて考えさせてくれるライヴでしたね。