ハービー・ハンコック『処女航海』

処女航海

処女航海

1950年代のモダン・ジャズのアルバムを5,6枚聴いた後でこのアルバムを聴いてみれば、たとえ“モード・ジャズ”がどういうものかわからなくても、ここには新しく爽やかな風が吹いていることが感じられるはず。ハービー・ハンコックがブルー・ノートに残した数々の傑作の中でも、代表作と呼ぶにふさわしい知名度と内容を伴った傑作です。マイルス・デイヴィスクインテット仲間で気心の知れた、ロン・カータートニー・ウィリアムスをリズム・セクションに迎え、サックスにはやはりマイルス・クインテットに参加したことのある(ウェイン・ショーターの前任だった)ジョージ・コールマン、そしてトランペットにはフレディ・ハバートを起用と、編成はマイルス・クインテットを踏襲しながらも、ハンコックならではの世界を展開しているところに彼の自身と才能を感じずにはいられません。
“海”をテーマにしたコンセプト・アルバムの体を為しており、まとまりがある作品なのですが、タイトル・チューンや「ドルフィン・ダンス」といった名曲はもちろん、全体として曲の出来が素晴らしい。いわゆるスタンダード・ナンバーとは異なる記法でも名曲が書けることを示した功績は後年の新主流派にとって非常に大きなものがあったのではと思いますね(ウェイン・ショーターという、また独自の世界をもつ曲を書く人もいますが)。モード・ジャズへの入門としては、『カインド・オブ・ブルー』よりもまずはこちらを個人的には推薦します。気鋭のミュージシャン達のソロを楽しむも良し、全体の雰囲気を味わうも良し。様々な楽しみ方ができる一枚です。