中野英伴写真集『棋神』

棋神―中野英伴写真集

棋神―中野英伴写真集

30年以上にわたり将棋のタイトル戦、優勝棋戦を撮影し続けてきた中野英伴の写真集です。対局中の棋士の姿を撮る機会は限られています。なぜなら一部公開対局が行われる棋戦もありますが、基本的に将棋のタイトル戦の対局室にはごくわずかな関係者しか入室することはできないからです。序文で将棋連盟会長・米長邦雄が記しているところによると、写真撮影が行われるのは対局開始時の一斉撮影、昼食休憩後のわずかな時間、そして終局後だけです。昼食休憩後に入室が許されるのは特定のカメラマンのみであり、もちろん中野英伴もその一人です。対局に集中している棋士の邪魔をせずに気配を殺し、その表情を捉え続けてきた素晴らしい仕事の軌跡がこの一冊に収められているのです。
写真は全てモノクロ。女流棋士の写真は一枚も無し。およそ華やかさからは無縁の写真集ですが、一心不乱に集中して思考にふける棋士達の静かな迫力がどの写真からも伝わってきて、何度読み直しても飽きることを知りません。一番多く収録されているのはもちろん羽生善治ですが、普段は飄々とした印象のある羽生が、いざ盤を前にすると恐ろしい程の凄みを発散する勝負師となる様子が生生しく映し出されています。他に印象に残った写真を列挙していきましょう。将棋を通して世界の真理を極めんとする哲学者のような佐藤康光、どっしりとした落ち着きがある森内俊之、水もしたたる美青年だった若き日の郷田真隆、食事休憩なのでしょうか、対局者も記録係も不在の中、雪景色を背景に一人懇々と読みにふける米長邦雄、迫力と共にどことなくユーモラスな雰囲気も漂う加藤一二三、まるで公家のような気品を身にまとっている谷川浩司の佇まい、どことなく寂しげな表情の村山聖、痛恨の見落としがあったのか、口を大きくゆがめている佐藤紳哉、そしてまさしく山のような存在感の大山康晴・・・etc。人間が集中している姿はかくも美しい。将棋ファンはもちろんのこと、写真に興味のある方全てに推薦できる写真集となっています。