坂本龍一『トニー滝谷O.S.T』

トニー滝谷

トニー滝谷

YMOで坂本龍一を知った私としては、どうしても彼にはシンセ使い、ミディ・マエストロであることを強く望んでしまうので、ピアノ・ソロ作品についてはこれまであまり評価はしていませんでした。乱暴な話ですが「これならドビュッシーやサティを聴くよね」といった感じで切り捨てていたんですね。けれども近年のアルヴァ・ノトやフェネス、クリストファー・ウィリッツとのコラボレーションを耳にするうちに、どんなシチュエーションでもすぐに坂本だとわかるピアノの響きは、やはり得がたいものがあると少しずつ思うようになってきました。
そんな中で接したこの全編ピアノ・ソロのサウンドトラック盤は、これまでのとは異なりすっと親しむことができました。映画は未見なのですが、一枚のアルバムとして充分に聴くことができるものです。わびさびのあるハロルド・バッドというか、ゆったりとした間をとって奏でられるピアノには水墨画的な味わいが感じられます。沈黙をやわらかく縁どるピアノの響き。華やかさこそありませんが、数ある坂本のサウンド・トラックの中でも屈指の名盤のひとつに挙げられる一枚になるのではと思います。