小野俊太郎「モスラの精神史」

モスラの精神史 (講談社現代新書)

モスラの精神史 (講談社現代新書)

良くいえば百花繚乱、悪くいえば玉石混淆の新書ブームですが、最近講談社現代新書ががんばっています。以前この日記で取り上げた、福岡伸一生物と無生物のあいだ」も読み応えがある本でしたが、この「モスラの精神史」も大変興味深く読み通すことができました。
ゴジララドンキングギドラと同等の知名度があると思われるモスラですが、単独で取り上げられて研究されることはあまりなかったのではないかと思います。著者は映画「モスラ」が発する多彩な情報を幅広い視点から巧みに編集し、新書というコンパクトな器の中にぎっしりと盛り込みました。「モスラ」には原作小説があって、それを書いたのはなんと中村真一郎福永武彦堀田善衛の3人だったということはこの本で初めて知ったのですが、きちんと当時の3人の文学的背景にも触れて解説しているところがうれしい。なぜ3人は蛾を怪獣に選んだのか?原作小説が映画になるに際して、なにが受け継がれ、なにが変更されたのか?そのことによってどのような意味を映画のモスラは持つようになったのか?この複雑な問題を著者はあるときは民族学的知見から日本人の持つイメージの古層を掘り下げ、またあるときは制作当時の時代背景からの影響を読み込むことで探っていきます。この複合的なアプローチによって読者の目の前には立体的な厚みをもった多様な意味・事物の集積体としての「モスラ」が浮かび上がってくるのです。
そして最後に著者は「モスラ的主題」を受け継ぐものとして「風の谷のナウシカ」を挙げます。これも単なる作品の類似だけに止まらず、「モスラ」関係者と宮崎駿の人的つながりも指摘することによって一段と説得力を増しているように思えました。
ひとつの作品を多面的に「読む」とはどういうことか、それがもたらすスリリングな愉悦をふんだんに味わえる好著です。特撮や怪獣ファン以外の人でもきっと面白く読めますよ。


(参考)
高山宏高山宏の読んで生き、書いて死ぬ」
この本を「近時稀な批評的マニエリスム」と絶賛しています。大変力の入った書評で読み応えがありますよ。
http://booklog.kinokuniya.co.jp/takayama/archives/2007/07/post_12.html