加藤訓子〜スピリット・オブ・パーカッション〜@ミューザ川崎シンフォニーホール

タケダさんとパーカッショニスト加藤訓子のコンサートに行ってきました。


加藤訓子は2000年米国パーカッシヴ・アートソサイティーより世界35人のマリンビストに選出されたこともある俊英です。私が彼女を知ったのは昨年の武満徹のメモリアル・コンサートでの「カシオペア」の演奏がきっかけで、その熱演は後に登場した高橋悠治を完全にくってしまうほどの鮮やかな印象を残しました。その彼女のソロ・コンサートは果たして見事なものでした。優れたパーカッショニストというのは、音楽家であると同時にダンサーであり、アスリートであり、アクターでもあるのですね。会場となったミューザ川崎シンフォニーホールの構造をも考慮したパフォーマンスの、シアトリカルなステージでした。


ミューザ川崎シンフォニーホールは舞台を客席が取り囲む、「ワインヤード型」の構造です。こちらに平面図が掲載されているのですが、ステージを中心として右回りのゆるやかな螺旋状に客席が配置されているイメージを思い浮かべてもらえたら、と思います。私とタケダさんは3Fのやや前より、中央からちょっと左の位置にいました。会場とステージの全体像がつかみやすい良い座席でしたね。


無人のステージには中央に大太鼓、スネア、ボンゴ、ウッドブロック類が置かれています。そしてそれを半円状に取り囲む形で他の楽器が配置されていました。ステージ向って左から述べていくと、まず一番左に丸太をくりぬいたウッド・ログ(スリットドラム)があります。隣には板が10枚ほど無造作に放置。そして中央のひな壇の上に5オクターブ・マリンバが鎮座しておりました。これらの楽器からどんな響きが流れ出すのか期待して待っているうちに開演を知らせる鐘が鳴りました。


ステージ上はまだ無人。照明も落ちず、客席にまだざわつきが残っているとき、不意に頭上で鈴の音が鳴り響きました。真上で鳴っていたかのように思えたその鈴の音はすぐ左に移動します。何だこの音は?もしかしたらもう演奏が始まっているのか・・・・と思って辺りを見回すと、3F上手バルコニー席を加藤が鈴を鳴らしながら移動していくのが見えました!1曲目「サウンドインスタレーション」はこうして観客の意表をつく形でスタートしたのです。透明な鈴の響きは会場のざわめいた空気を少しづつ鎮め、清めていくように広がっていきました。ぐるっと一回りした後、一旦外に出て2F席に出現。今度は楽器をアフリカ起源といわれる民族楽器「レインスティック」に持ち替えての登場です。古来雨乞いの儀式に用いられていたといわれるレインスティックは、その名の通りザザーッと雨音を思わせる響きがします。加藤がスティックを一振りするごとに徐々に会場の空気が変わっていき、呪術的な空間と変貌していきました。そしてステージに到着すると、間髪入れずにウッド・ログを即興的に叩き出したのです。鈴の音が<天空>を象徴し、ウッド・ログが<地上>を象徴しているとするならば、レインスティックによる雨音が両者の媒介となったといえるでしょう。加藤によって生み出された呪術的空間の天地を貫き響き渡るパーカッション・サウンド。まさにコンサートのタイトルである“スピリット・オブ・パーカッション”にふさわしいオープニングでした。


さて、このコンサートは加藤自身による曲解説がありました。1曲目終了後、「人類が始めて鳴らした音楽はどんなものだったのか」ということを述べながらステージを移動して、板が無造作に転がっているところにやってきました。そしてマリンバとは「板切れを集め(マ=集めた、リンバ=木片)た民族楽器が起源です」と説明しながら、拾い上げた1枚をコンコンと叩いた後、やおら足をまっすぐに伸ばして座り、手に持った板、周りにちらばっていた板を足の上にのせて簡易マリンバをつくって演奏を始めちゃいました。アフリカのバラフォンを思わせる音色は、なるほど人類最初の楽器はこんなものだったかもと思わせる素朴な音色が心地よい。これをイントロダクションにしてさらに中央のマリンバへ移動。2曲目「ルーツ・オブ・マ・リンバ」を奏ではじめました。中盤、鈴が仕込んであるマレットに持ち替え、沖縄音階を紡ぎだす展開がユニークなこの曲、アフリカから沖縄までの音楽の旅を表現したものだそうです。


ここからマリンバが主役の曲が続きます。「アメージング・グレイス」「トロイメライ」といったポピュラーな曲の間に、細かい動きが続くジョセフ・シュワントナー「ヴェロシティーズ」が演奏され、休憩を挟んで加藤自作の「マリンバ組曲」より3曲、グルジア民謡のカヴァーといった流れ。「ヴェロシティーズ」と「マリンバ組曲」で技巧と多彩な音色を駆使し、ポピュラーな曲では繊細な歌心を聴かせてくれました。特にカヴァー曲は、豊かな低音の響きがドローンのような効果を生み出し、その響きの中から気泡のようにそっと旋律が浮かび上がるというパターンで、その強弱、音色の使い分けに感心することしきりでした。


休憩中にいつのまにかマリンバの右隣に植木鉢が4つ、ちょこんと置かれていました。「不屈の民変奏曲」で知られるフレデリック・ジェフスキー作曲「To The Earth」を演奏するための物です。1985年に作曲された、大地を賛美する古代ギリシャの詩を英訳したものを演奏者が朗読しながら、植木鉢4つだけを用いて演奏されるというこの作品。噂には聞いていたものの、どんな感じになるのやらと思っていたのですが、最初に植木鉢が鳴らされた瞬間からその音色の魅力に惹きこまれてしまいました。澄んでいながらもメタリックではない、土の香りがする温かな響き。音の粒子と朗読の声が一体となって、シンプルでありながらも豊かな音空間が展開されていきました。そして加藤は演奏終了後無言でステージ中央の打楽器群に歩み寄り、木製のバチを手にとりました。やや間をとった後、轟音一閃。地鳴りを思わせる大太鼓の響きが会場を揺らしました。終曲のクセナキス「ルボン」の始まりです。


「ルボン」とは“リバウンド”の意味。「a」「b」2つの楽章からなる楽曲です。大太鼓が大地を揺らし、スネア、コンガが乱打され、ウッドブロックの硬質なサウンドが天を駆け抜ける。限りなく即興に近く聴こえながらも、奥底にある“秩序”の存在を感じさせるクセナキスらしいパワフルな音楽。加藤のパフォーマンスも凄まじく、ステージ終盤となるのに疲れなどはみじんも感じさせません。途中両手を垂直に挙げて一瞬静止したところなんて歌舞伎の見得を切る場面を連想しました。


クセナキスの音楽による熱気が残る中、最初のアンコールは観客に足踏みと拍手を指示するところから始まりました。片手に太鼓をもつ加藤のビートに合わせて足踏み2回と拍手2回、“ドン・ドン・パン・パン”のリズムで会場が満たされると、それに合わせて軽やかなマリンバ・ソロが披露されました。しかし拍手と足踏みだけで疲れてしまった自分が悲しい(笑)。


そして2回目のアンコールでは「川崎に捧げます」と前置きした後、マリンバでひそやかに「見上げてごらん夜の星を」が奏でられました。これもまた低音の響きにつつまれながらメロディーが静かに浮かび上がってくる繊細な演奏。こうして深い余韻を残してコンサートは幕を閉じたのでした。


関連リンク

加藤訓子のオフィシャルHP:Kuniko Kato Official Web Site - Japanese
「my instruments」のコンテンツで使用している楽器の説明が見られます。植木鉢の説明もありますよ!