フランク・ザッパ『イエロー・シャーク』

Zappa: The Yellow Shark

Zappa: The Yellow Shark

先日の「N響アワー」に菊地成孔がゲスト出演して、彼のチョイスによるN響のアーカイヴ音源を放映していました。武満徹「ウインター」やラヴェル「優雅で感傷的な円舞曲」など、「Cure Jazz」や「野生の思考」といった現在の菊地の音楽を彷彿とさせるような選曲が大変面白かったのですが、その中にあってエドガー・ヴァレーズ「アルカナ」(「アンテグラル」でした。たっきーさん、ご指摘感謝!)が選ばれていたのが印象的でした。番組の中で菊地はヴァレーズを選んだ理由として、チャーリー・パーカーがヴァレーズに首ったけだったというエピソードを披露していて、これは初耳だったのでとても興奮したのですが、ちょっぴり残念だったのはフランク・ザッパの名前が登場しなかったことです。なぜならザッパは幼少のころヴァレーズに大きな影響を受けていたことを公言していたのですから。

R&Bやドゥ・ワップ、ブルースがザッパの音楽のルーツのひとつであることはいうまでもありません。しかし、それと同じくらい若き日のザッパが夢中になっていたのがエドガー・ヴァレーズであり、ストラヴィンスキー春の祭典」でした。ブラック・ミュージックと現代音楽はフランク・ザッパという音楽の大山脈の中でもひときわ高く聳え立つ峰を成しているのです。

過去にもオーケストラを指揮したり、ブーレーズとの共演も果たしていたザッパですが、彼の現代音楽寄りの作品の中では、残念ながら遺作となったこの『イエロー・シャーク』こそが最高傑作だと思います。当時のザッパは作曲をシンクラヴィアで行っていました。そこには様々な理由があったでしょうが、ひょっとしたら自分の脳内にうずまく音宇宙はもはや人力では再現できないのではないか・・との思いもあったのかもしれません。しかし、アンサンブル・モデルンの演奏能力はザッパに新たな一歩を踏み立たせる力を与えたのでした。クルト・ヴァイルとヘルムート・ラッヘンマンのCDによって彼らの演奏に初めて触れたザッパは後にこのように語っています。

・・・あのCDの内容は本当にオレを驚嘆させた。演奏者たちの姿勢、スタイル、イントネーションがすごかったから。あの手の音楽とあのような演奏に、オレ自身が書いているものにそのまま楽に対応できそうな接点を見出した。あれほどの作品を演奏して十分にこなしているんだから、オレの曲も巧く演ってくれそうだと思ったんだ

そうして完成したこのアルバムは上のザッパの言葉が正しかったことを証明しています。。『アンクル・ミート』から『ジャズ・フロム・ヘル』に至る過去の作品がアンサンブル・モデルンの素晴らしいアンサンブルによって新しい形で生き生きと蘇っているのです。打楽器の使い方や複雑なリズムにヴァレーズや「春の祭典」の影響を読み取ることもロック・スタイルの作品より容易になっているのではないでしょうか。そして何よりも驚かされるのは、アンサンブル・モデルンがただ単に複雑なスコアを弾きこなしているだけではなく、ザッパ特有のユーモアや官能的な音楽性までもしっかりと再現していること。ザッパ自身によるギターこそありませんが、ここに聴かれる音楽は正にザッパ宇宙の集大成。最後まで前進し続けたこの偉大な音楽家が残してくれた大きな財産のひとつなのです。