Fennesz『Venice』

Venice

Venice

フェネスの名を一躍有名にした「エンドレス・サマー」には、今まで聴いたことのなかった種類の叙情があふれていて思わず唸ってしまいました。電子ノイズの粒子の中から滴り落ちてくる、なんともいえない感情・・・当時熱心に聴いていたエレクトロニカ、例えばmorrkaraoke kalkの諸作品にはフォークやネオアコに近いものを感じることがあり、それに共感していたのですが、フェネスの音楽にはそのような要素がほとんどありません。にもかかわらず、切なさや甘酸っぱさすら感じさせる繊細な音響が「エンドレス・サマー」には確かにあったのです。
デヴィッド・シルヴィアン『ブレミッシュ』への参加をはさんで発表されたこのアルバムには、従来の彼の特性にさらに荘厳な要素が加わりました。代表的なのは、ずっしりとした重い和声とグリッチ・ノイズが類まれな共存を果たした「Circassian」。その完成度には圧倒されます。この曲に限らず、内にドラマ性を秘めたような楽曲が増えました。これ以上ドラマティックになってしまうと、ノイズが単なる楽曲を修飾する一要素となり、ある意味後退したとも捉えられかねませんが、このアルバムではギリギリのところで踏みとどまっていると私には感じられました。デヴィッド・シルヴィアンがヴォーカルで参加した「Transit」でのヴォーカルとノイズの緊張感ある絡み合いがそのことを証明してくれるように思います。