V.A『the glory of GERSHWIN』

Glory of Gershwin

Glory of Gershwin

ピーター・ゲイブリエル、スティング、エルトン・ジョンエルヴィス・コステロケイト・ブッシュジョン・ボン・ジョヴィ、シニード・オコナー、ロバート・パーマー etc・・・これら豪華ゲストが参加したガーシュインのソング・ブック・アルバム。これだけ多彩な顔ぶれが参加しているとなると、どうしてもゲストに目をひかれがちですが、これは当時生誕80周年を迎えたハーモニカ奏者、ラリー・アドラーの記念アルバムなのです。

ラリー・アドラーは世界中のハーモニカ奏者に影響を与えたといっても決して過言ではない、伝説的なプレイヤーです。1914年*1アメリカのバルチモアで生まれたアドラーは、その卓越した技量でハーモニカを立派な独奏楽器として世界に認知させました。ダリウス・ミヨーやヴォーン=ウィリアムズ等の作曲家が作品を彼に献呈しています。
また、ポップ・ミュージックの世界でも活躍し、「煙が目にしみる」は20万枚のヒットを記録しています。クラシックとポップスのジャンルの垣根を越えて多くの人に親しまれた、という点でガーシュインと共通している点があるといえるでしょう。

しかし、アドラーガーシュインにはもっと深い結びつきがありました。アドラーは1934年から38年にかけてアメリカを離れてヨーロッパで活動しています。これは当時ハリウッドを震撼させたマッカーシー旋風に煽られ、大衆に悪影響を与えるとされてしまったためであり、ほとんど追放されたに等しいようなものでした。その送別パーティーの席でアドラーは「ラプソディ・イン・ブルー」を演奏したのですが、そのときピアノ伴奏を務めたのが作曲者のガーシュインだったのです。ガーシュインアドラーに「この曲(ラプソディ・イン・ブルー)はまるで君のために作曲したようなものだね」とまで語ったそうです*2。だからこそ、このアドラーの記念アルバムがガーシュイン曲集になったのでした。

主役もゲストも超一流が集ったこのアルバムを見事に束ねて見せたのは、これも偉大なプロデューサー、ジョージ・マーティン。ジャズとクラシックの要素を巧みにブレンドさせたオーケストラ・サウンドを提供し、アルバムを品の良いものにしています。スケジュールの都合がつかなかったピーター・ガブリエルボン・ジョヴィカーリー・サイモン以外は全て同録のライヴ・レコーディングだったという贅沢な試みを行っているのもこのアルバムの大きな特色です。

ゲスト・ヴォーカリストはいずれも原曲を崩すことなく、かつ自分の個性をはっきりと打ち出した歌唱を聴かせてくれています。ガーシュインをジャズの面からだけで考えると、もっとスイングして欲しいという意見も出るかもしれませんが、このアルバムはガーシュインを「20世紀のポップ・ミュージックの原点のひとつ」という、ジャンルを超えた広い視点で捉えたもの。スイングがお望みならジャズ・ヴォーカリストガーシュイン・アルバムを聴けばいいわけで、アドラーのハーモニカとジョージ・マーティンによるオーケストラを共通の基盤として様々なゲスト・ミュージシャンの個性を楽しむのが一番です。ケイト・ブッシュのマジカルな声が聴ける「ザ・マン・アイ・ラヴ」としっとりとした歌唱のオリータ・アダムス「エンブレイサブル・ユー」に挟まれた「ハウ・ロング・ハズ・ディス・ビーンゴーイング・オン」でボン・ジョヴィがいつもながらの歌いっぷりを聴かせる中盤の展開がそういった意味ではこのアルバムの特徴をよく表しているといえるかもしれません。

アルバムのラストを飾るのはアドラーとオーケストラだけで奏でられる「ラプソディ・イン・ブルー」。アドラーのハーモニカは全編にわたって伸びやかな歌心ある響きを聴かせてくれます。とても80歳とは思えません*3。豪華でありながら、どこかノスタルジックな気分にさせられる名演といえるでしょう。


※ラリー・アドラーの経歴、エピソードについては以下の本を参考にしています。ハーモニカ好きならぜひご一読を!

ハーモニカの本

ハーモニカの本

*1:同年にはこれも偉大なハーモニカ奏者、ジョン・セバスチャンも誕生してます。あのラヴィン・スプーンフルジョン・セバスチャンは彼の息子。活躍したジャンルは違えど親子そろって素晴らしいハーモニカ奏者となったのですね

*2:その翌年、パリのアルハンブラ宮殿で「ボレロ」を演奏したとき、ラヴェルガーシュインと同様の言葉をアドラーに伝えたといいます。すごい!

*3:トゥーツ・シールマンスも80歳を越えてなお現役で活動していますね。管楽器でこれだけ息の長い活動ができるものは他にあるでしょうか?