岡田徹『海辺の名人』

海辺の名人

海辺の名人

職人の技に少年の心。岡田徹の音楽を一言で表すとこうなるでしょうか。プロデューサーとしての優れたバランス感覚と、ポップなメロディ・メーカーの資質が絶妙に溶け合っているのが彼のつくりだす音楽の特徴です。ムーンライダーズの諸作品でもその個性はいかんなく発揮されていますが、ソロ・アルバム、中でも最初の2枚、『架空映画音楽集』と今回取り上げた『海辺の名人』には彼の魅力のエッセンスがふんだんに詰め込まれています。


アルバム・コンセプトは“海辺に建てられた一軒の家”すなわち渚のアンビエントハウス・ミュージックであるとライナーには書いてあるのですが、確かにセイゲン・オノによるミックスがアンビエント感覚をもたらしていると言えなくはないものの、正直あまりピンときません。私の感覚では、このアルバムはマーティン・デニー岡田徹的に解釈した、エキゾティックでとびきりポップなリゾート・ミュージックです。特に冒頭、「ひき潮」をボ・ディドリー・ビートで料理したカヴァーが見事。既に誰かがやっていそうでやっていなかったアプローチではないでしょうか。続くオリジナル曲も岡田のもつ洗練されながらも胸弾むメロディーに、(楽曲提供もしていますが)渚十吾が言葉でイメージを補強して洗練されながらも親しみやすい無国籍な空間をつくりあげることに成功しています。8曲目「海とすれすれの空」は元々ムーンライダーズ用につくられた、本人曰く「涙は悲しさで、出来てるんじゃない」の姉妹曲。なるほどそう意識して聴いているとライダーズが歌っている姿が目に浮かぶよう。メロディ・ラインをバグパイプがとっているのも心憎い技で、岡田ファンなら「羊のトライアングル」や「黒いシェパード」といった曲を思い浮かべる人は多いことでしょう。他にもリゾートものの定番であるウクレレや、ハープ、ハーモニカ、バンジョーといった生楽器を打ち込みの中にさりげなく忍ばせるアレンジは流石です。