5/30八木美知依(箏)&トチアキタイヨウ(舞、ダンス)「ラブレラvol.6」@公園通りクラシックス

「ラブレラ」とは山海塾などで活躍するダンサー、トチアキタイヨウが続けているソロ・プロジェクト。過去の記録を見ると、毎回ミュージシャンをゲストに招いて行っているようです。そして今回彼が招いたのが八木美知依。昨年、傑作ソロ・アルバム『Seventeen』を発表したばかりのジャンル、国籍を超えて活躍している箏奏者です。数年前からHOAHIOやPaulownia Crashのアルバムでその演奏を耳にしていたものの、『Seventeen』の圧倒的な素晴らしさ、そしてid:hibikyさんによる熱いライヴ・レポを拝見しているうちに、これはぜひ一度は生演奏を聴いてみたいと思っていた方です。今回ついにその機会が到来。いそいそと会場の公園通りクラシックスに向いました。ここは確かあの「渋谷ジャンジャン」があったところですよね。なんとも懐かしい匂いのする空間でした。


会場に入ると、向って右手に置かれた5台の箏が目に飛び込んできて圧倒されました。一番奥には20弦筝が据え置かれ、17弦筝が壁に沿うように数台。一番客席よりには普通の琴という配列。ドラムスティックやブラシ、鈴類も用意され、さあこれらをどのように使うのか、想像は膨らむばかりでした。客席を見渡すとマーク・“じゃずじゃ”・ラパポートさんらしき人と談笑している方が・・・ひょっとしてhibikyさんかな、と思っていたら隣の席の方が話しかけてきたのでしばしこちらも話に花が咲きました。お隣のYさんはトチアキタイヨウの熱心なファンであまり八木美知依は知らなかったとのこと。私といえば全く正反対でトチアキタイヨウのことはほとんど知らなかったので、互いに情報交換で盛り上がりました。ここでもジャンルを越えたコミュニケーションが発生したわけですね(笑)。


さて、そうこうしているうちにいよいよセッションがスタート。トチアキは驚くほど普通の恰好で登場です。しかしスカーフを口にまき、表情を読み取れないようにしているのが面白い。プロジェクターを自分で操作し、背後のスクリーンに自分の姿を投影し、静かにダンスが始まりました。八木は20弦をコントラバスの弓で擦って高音を発する立ち上がり。早くも尋常でない空気に会場が包まれていきました。


さて、事前打ち合わせ無しの完全即興(終了後、八木自身からお話を少し聞くことができました)だったこの日の模様を描写するのは困難で以下はあてどもない感想になってしまいますのでご容赦を。
前半は時間と空間の織り成す様々なレイヤーが2人のパフォーマンスによって生じ、見ている側はその中を漂うといった感じでした。スクリーンに投影されるトチアキの映像はリアルタイムで繰り広げられる実際のダンスとは“ずれ”を持っていました。生身の肉体の踊り、壁に映る影、スクリーンに映される映像とこれだけでも3つの異なる位相を持った空間が目の前に広がっています。そこに八木による音が加わる。それも一部の音に深いディレイ・エコーをかけることで、リアルタイムとは“ずれ”を生じさせ、やはり位相の異なる音空間を展開していったのです。さらに相手のパフォーマンスによって相互触発が起こっていく。これがまた表現するのが難しい。相手がこう来たから、こちらはこう来るといったバトル的展開だったり、まったく相手を無視してやっていくといったジョン・ケージ的即興ならまだわかりやすいのですが、自律しているところと共振しているところが傍目にはランダムに起こっているように見えるのです。間違いないのは、今現在この空間にこの2人がいなくてはまず起こりえない時空間が存在していた、ということ。これまで体験したことのない多元空間の世界に放り込まれ、魅了されながらも戸惑っているうちに一旦休憩となりました。


後半は映像がなかった分、踊りと音の相互関係に集中することができて比較的親しみやすかった印象です。そうなると一見ぎこちないように見えながらも、実は体が柔らかくなければまずできないような動きをしているトチアキのパフォーマンスをやや余裕を持って観察することもできるようになりました。八木の演奏も後半にきてぐっと多彩になりました。普通の琴でスタートした冒頭部分はこの日唯一和的な響きがしたのが面白いところです。そして前半では20弦と17弦の2台しか使用していなかったのですが、後半になっていよいよ5台の箏をフルに奏ではじめました。20弦箏の高音グリッサンドをループさせ、そのオスティナートに乗せて高速かつ力強いパッセージを休む間もなく繰り出しながら楽器を渡り歩いていきます。ドラムスティックをスライド・バーのように用いたりする特殊奏法も効果的。17弦の低弦部による重低音は腹の底まで響いてきました。通常の琴の概念に納まらない演奏をする、ということはCDで充分承知していたはずなのに、それをはるかに上回るスケールの大きな演奏にただ圧倒されるばかりです。トチアキのダンスも前半とは一回り大きな動作となり、体全体を用いた動きが増えていたのが印象的で、こちらも私が持っていた通常の人体の動きの概念をうちこわすものでした。


終演後はYさん、hibikyさんと軽くお話をして帰途に。新鮮で刺激的な体験をした一夜でありました。