ラドカ・トネフ、スティーヴ・ドブロゴス「フェアリーテイルズ」

フェアリーテイルズ

フェアリーテイルズ

82年作。ヴォーカルのラドカ・トネフは本作録音後まもなく、30歳という若さで亡くなったノルウェーのジャズ・ヴォーカリストです。スティーヴ・ドブロゴスのピアノのみをバックにしたこのアルバムは、オスロのジャズ・シーンに大きな影響を与えた作品として知られています。
しかし、いわゆるジャズ・ヴォーカルのイメ−ジはここで聴ける彼女のヴォーカルにはあてはまりません。スティーヴ・ドブロゴスのリリカルでありながら、決して主張しすぎることはないピアノ(ライナーで松尾史郎氏が書いているように、スティーヴ・キューンを思わせます)にのせて、ジム・ウェッブ「ザ・ムーン・イズ・ア・ハーシュ・ミストレス」やエルトン・ジョン「カム・ダウン・イン・タイム」といった作品を儚げに、しかし歌詞をかみしめるように歌っているのです。その内省的で翳りのある声はむしろシンガー・ソングライターに近いものがあります。彼女の運命を既に知ってしまっているせいもあると思いますが、私が彼女の歌から連想したのは、ジュディ・シルでした。ブロッサム・ディアリーがキュートに歌っている「ロング・ダディ・グリーン」のような曲でさえ、ラドカが歌うとほの暗い味わいと哀しさをもったものになるのです。フラジャイルな美しさと凛とした意志が共存した美しい音楽。