林達夫・久野収「思想のドラマトゥルギー」

通勤読書。再読ですがやっぱり面白い。「思想」とか「ドラマトゥルギー」なんて言葉に身構えることは全く必要なくて、映画ファンなら淀川長治蓮実重彦山田宏一による「映画千夜一夜」、ポップ・ミュージックのファンなら大滝詠一山下達郎の「新春放談」を思い起こせばいいです。林・淀川・大滝3者に共通するのは、初めて聞く固有名詞を、今すぐにでもその作品を見たい、聞きたいという気持ちにさせること。ついでに言うなら、「勉強」という言葉を快楽の扉を開くキーワードのごとく魅力的に響かせる点で林は淀川と共通するところがあり、執筆活動を早い時期に止めてしまって、文筆家としては長い沈黙に入ったのは林と大滝の似ているところ。淀川・大滝の例でもそうですが、こういった企画は聞き手にも力量が求められ、語り手の言葉をしっかり受け止め、時に話題を発展させ、あるいは往々にして本人が語りたがらない自分史を引き出すことのできる人ではないと、興味深い内容にはなりません。この本では、アマチュア・アカデミーの大先達、林達夫の豊富な読書量と、尽きることない旺盛な好奇心から生まれる多彩な話題を久野収が見事にさばいています。今回は英語を何度も封印した幼少時代の話や、アッシジの聖フランチェスコに寄せる深い共感を示したくだりが特に興味深く読めました。