金井美恵子「「競争相手は馬鹿ばかり」の世界へようこそ」(ISBN:4062120771)

で、俗物批判の名人といえばこの人。といっても快刀乱麻を切るがごときの語り口で、よくぞ言ってくれましたと溜飲を下げさせてくれるような人ではなくて、常々「繊細さに欠ける」と自覚している私はどちらかというと笑いながら読み進めながらも「まったくしょうがねーなー。でも俺もそうなんだよなー」とフクザツな心境になることの方が多いです。そんな思いになってもなぜ彼女の文章を読み続けるのかといえば、金井本人が本書の後書きで記している

眼ざめれば、新しい1日がはじまっていて、活力に満ちあふれているというわけではないし、退屈で、苛立しくも腹立しい事態に直面したりもするのですが、それでも、なんらかの刺激的な出来事がないこともないのですし、そのなかには、生きているよろこびを全身的なものとして体験する瞬間もあります。そうした瞬間のために、私は文章を書くことを選んだのではなかったでしょうか

「そうした瞬間」の喜びを記した文章を読むことに大きな悦びを感じるからで、その瞬間は細部を愛でることによって訪れることを魅力的に語っているからに他なりません。金井美恵子は小説について、映画についてその魅力を具体的に述べることができる数少ない書き手なのです。「ちりあくたの輝く「本の小部屋」から」というブックガイド的文章は、秀逸な絵本批評だった「ページをめくる指」の児童小説版みたいだと思っていたら、当の「ページをめくる指」が自薦されていたのに苦笑。「ハックルベリーフィンの冒険」を読み返したくなりました。