マイルス・デイヴィス「イン・ア・サイレント・ウェイ」(ASIN:B00004VUJR)

サイレント・ウェイ


発表当時「牧歌的」と評されていたそうですが、それは当時他に適当な言葉がなかったからで、今なら「アンビエント」と呼ばれていたでしょう。マイルス・デイヴィスの数多い傑作の中でも特異な位置にある作品です。いくらリハーサルや未発表音源が発掘されても「キリマンジャロの娘」からこの作品を経て「ビッチズ・ブリュー」へ至る歩みには、一作毎に巨大な跳躍があったという印象を覆すには足りません。ひたすらストイックにシンバル・ワークを絶やさないトニー・ウィリアムス、呪術的なオスティナートを発するデイヴ・ホランドのリズム・セクションを背景にチック・コリアハービー・ハンコックジョー・ザヴィヌルのトリプル・キーボードがリズムとハーモニーのテクスチュアを織り成していく、というアンサンブルの発想は一体どこから来たのでしょうか。また、クールに燃え上がるジョン・マクラフィンのギター、ウエイン・ショーターのサックス、そしてマイルスのペットがイマジネーションを無限に広げてくれます。更にもうひとつここに加えられたマジックがプロデューサーであるテオ・マセロのテープ編集。まだこの段階では前半部をそっくりリピートさせるに留まっていますが、ここでの成果が「ビッチズ・ブリュー」以降のマイルスの作品に大きな要素を占め、「オン・ザ・コーナー」で頂点を迎えます。もともとライヴとスタジオでの録音を明確に分けていたマイルスですが、これによってジャズにおいてもスタジオでの操作が重要な音楽的要素になりえる、ということを多くの聴き手に象徴的に示した意義は非常に大きかったのではないでしょうか。そしてそれは、ほぼ同時期にロックの世界でビートルズが、クラシックの世界でグレン・グールドが示したものでもあり、これは20世紀の音楽史でも重要なことではないかと個人的には思えるのですが、これはちょっと話を広げすぎましたね。下手な考え休むに似たり。とりあえずまた今夜もこのサウンドタペストリーに身を任せることにいたしましょう。