ギャヴィン・ブライヤーズ「イエスの血は決して私を見捨てたことはない」(ASIN:B00005FEV6)

イエスの血は決して


イギリスの現代音楽作曲家、ギャヴィン・ブライヤーズ。現代音楽とはいっても、ジャズのベーシストだったり、ブライアン・イーノのレーベル、オブスキュアから作品を発表したりと、比較的ポップ・ミュージック寄りの活動も目立つ人です。この作品は「タイタニック号の沈没」とならぶ彼の代表作です
作曲のきっかけは1971年。ギャヴィンが友人の映画からオーディオ・テープをつくる仕事を依頼されたとき、そのなかでひとりの老人が歌う宗教歌を耳にしたのがはじまりでした。

エスの血は決して私を見捨てたことがない
決して見捨てたことがない
エスの血は決して私を見捨てたことがない
それは私が知っている1つのこと
彼は私を愛してくださる・・・・

この素材を扱うのに、ギャヴィンは彼が得意とするミニマル・ミュージックの手法を選びました。冒頭からこの老人の声がひたすらループされていき、そこに少しづつ他の楽器が加わっていくという構造です。1975年以来、“進行中の作品”(ワーク・イン・プログレス)としていくつかのヴァージョンが出されましたがCDというメディアを得て、今回取り上げた93年版ではCDの収録時間を目一杯使った74分43秒の大曲となりました。そして、それだけではなくこのヴァージョンには注目すべき人物が参加しています。トム・ウェイツ
とはいっても、すぐにトム・ウェイツが登場するわけではありません。最初は老人の歌が静かに流れ出します。何度も繰り返されるそれがゆっくりとフェード・インして、まずは弦楽四重奏が加わります。そしてギター、木管等が加わり、また伴奏はフェード・アウト。今度は低弦を中心としたアンサンブルが加わります。今度はそれにホルン、トロンボーン等が加わっていくのですが、これもやがてフェード・アウト。そして後半部になったところでフル・オーケストラが現れ、終わり近くになってようやくトム・ウェイツの声が老人と重なっていくのですが、分厚いアンサンブルにきえてしまいそうになっていた老人を力強く励ますようなトムの声が聴こえる瞬間は正にこの作品のクライマックスといえるでしょう。やがてそれらも静かにフェード・アウトしていき、高い弦の響きだけが残ってこの音楽の幕は閉じるのです。
74分の間、ずっと聴きいるしかない音楽なのだけれども、この作品は現代音楽やクラシックのファンのみならず、ブルースやゴスペルのファンの方にも訴えるものがあるのではないでしょうか。ピーター・バラカンがこのディスクを93年度の年間ベスト10に選んだことを憶えている方もいるでしょう。現代の古典となるにふさわしい傑作だと思います。最後にギャヴィン・ブライヤーズ自身の言葉を引用しましょう。

この老人は私が彼の歌声からこれを作ったことをきくことができずに死んでしまったにせよ、この作品は彼の精神と楽天主義のある控え目な遺言を残している。彼のヴォーカル・ラインのリズムは風変わりで、歌っている内容と彼の当時の状況との注目すべきアイロニーがある。しかし私にとっては、彼の信仰の単純な楽天主義を共有できないにせよ、彼の声には痛烈さがあり、また彼の声は私がグレインジャーが「ヒューマネス」とよぶものにはじめてであった思い出にふれるものである。そしてこの作品を通して私は新しい生をそれに与えることを試みた。