小林信彦「おかしな男 渥美清」

文庫になったので購入。決して日本のコメディに詳しいわけではないけれど小林信彦の本は「日本の喜劇人」「植木等藤山寛美」「天才伝説 横山やすし」と読み進めてきました。
ご多分にもれず渥美清というと「寅さん」しか知らず、それも劇場で見たのは「口笛を吹く寅次郎」くらい(この作品の評価が高かったのはうれしかった)。それも母の実家のある備中高梁市が舞台になっているからというだけの理由。大学に入ってやれフェリーニだ、ゴダールだとカッコつけるようになってからは「寅さん」なんて見てらんねーよというのが本音だった。「日本人なら寅さんを見なきゃ」なんてしたり顔に説く人にも嫌悪感を持っていました。それでも渥美清死去の報に接したときはなんとなく淋しい気持ちになったのだから、不思議なものです。

そんな自分のような読者にとって、「寅さん」以前の渥美清を活写したこの本はたいへん面白く読めるものでした。
自分を「本質的には脇役」と認識しながらも主役にこだわる、「インテリ」に奇妙なあこがれをもつ、あえて孤立を選ぶ、映画・芝居の見巧者である・・・そういった渥美清の独特な個性を、著者はいつもながらの絶妙な距離感を保ちながら描いていきます。小林信彦の評伝(というか、実録)が優れているのはひとえにこの対象との距離感にあって、それが対象を神話化することなく、かつ単なるゴシップ集に貶めることのないものにしているのは彼の熱心な読者ならとっくにご存知のことでしょう。

最後まで楽しく読むことができましたが、やはり前半が圧倒的に興味深い。病に冒されながらもごく僅かの者にしかそれを伝えず映画に出演し続けた晩年の姿は、抑えた筆致で書かれているとはいってもやはり辛いです。