鈴木慶一『ヘイト船長回顧録』

ヘイト船長回顧録 ラヴ航海士抄

ヘイト船長回顧録 ラヴ航海士抄

思えば『ヘイト船長とラヴ航海士』に「Sukanpin Again」という曲が収録された時点で、35年前の名盤『火の玉ボーイ』と今回完結したヘイト船長3部作への連環は予告されていたのでしょう。3部作の最後を飾るこの『ヘイト船長回顧録』ではアルバム前半をHarbour-side、後半をCity-sideと分けていて、『火の玉ボーイ』とのつながりを明らかにしています。そして、『火の玉ボーイ』がムーンライダーズのメンバー以外にティン・パン・アレーなど多くのゲストを招いて制作されたように、このアルバムも多くのゲストを招いてつくられています。現実の光景や心象を直裁に描くのではなく、フィクショナルなフィルターを通して表現しているということも共通点としてあげられるでしょう。
しかし、当然のことながら『ヘイト船長回顧録』は“火の玉ボーイagain”ではありません。鈴木慶一がこれまでの音楽経歴の中で得てきたもの、新たに興味をひかれたものが惜しげもなく投入されたこのアルバムは、懐かしさと新しさが渾然一体となった強烈なトリップ感覚をもたらして頭をクラクラさせます。言葉の断片が心に刺さり、時折スリー・グレイセズのコーラスやHakon Kornstadのサックス、エンケンのハーモニカなどが視界に浮上する。浮遊する音と言葉に巻き込まれ、何度たどりなおしても先の見通しが利かない、悪夢寸前の快楽をもたらすこの音楽は、かろうじてポップ音楽のフォーマットに収まってはいるものの、ほとんどミュージック・コンクレートに近いと思います。まさにワン&オンリーの音世界。ヘイト船長三部作によって鈴木慶一、という音楽家の巨大さがついに顕になったといえるでしょう。そしてその航海はまだ終わっていないのです。