10/16 カルロス・アギーレ ソロ・コンサート@スパイラル・ホール

ブエノス・アイレスから400kmほど離れたエントレリオス州を流れるパラナ河のほとり居を構え、現代アルゼンチンの音楽シーンに大きな影響を及ぼしているアーティスト、カルロス・アギーレの初来日公演に行ってきました。
カルロス・アギーレは現在までにカルロス・アギーレ・グルーポ名義で3枚、ソロ名義で1枚のアルバムを発表しています。今年国内盤が発売されたカルロス・アギーレ・グルーポの1st、通称“クレマ”では歌が中心でしたが、徐々にその比重が減少し、グルーポ名義での3rdとピアノ・ソロ・アルバムでは完全にインストとなっていましたので、今回の来日にあたって、カルロス自身の歌はどこまで聴くことができるか、それが楽しみでした。
ステージに置かれていたのはピアノとアコースティック・ギターだけ。定刻になり、鮮やかなオレンジのブラウスを着たカルロスが穏やかな笑みをたたえて現れました。ピアノの前に座り、楽譜を整理した後、体を軽く揺すってリズムを取りながら指先が鍵盤に触れる。ピアノ・ソロのアルバム『CAMINOS』の冒頭に置かれていた「Pampa」の最初の一音が会場に響きわたり、それだけでもう、会場の雰囲気が温かくなったように感じました。カルロスのピアノはクラシック的な端正さとジャズ的なハーモニーと柔軟性を併せ持ち、淡いサウダージ感覚が加わった独自の響きがします。時折グレン・グールドを思わせるカルロス自身のハミングが聴こえたのですが、それがまたなんともいえない味を演奏に付け加えているのですね。そして会場のひとりひとりに語りかけてくるような親密さが最大の魅力です。それはピアノ・ソロでも歌ものでも変りませんでしたし、数曲でのギターの弾き語りになると一層その魅力が際立ちました。決して独善的になることはなく、聴衆と共に歓びをわかちあう音楽。来日公演のきっかけをつくった人に捧げた新曲「ヒロシ」の紹介や、このジャパン・ツアーで出会った多くの人、今日のステージを準備してくれたスタッフへの感謝の言葉などが通訳を立てて行われたMCからもそんなカルロスの姿勢は充分に感じ取ることができました。そのカルロスの人間的な魅力もあいまって、ステージが進むにつれて客席の空気も徐々に濃密になっていきました。カルロスから発せられる音を一音たりとも聴き逃すまいと、じっと耳を傾ける観客達。しかし空気が堅苦しかったり重々しかったりすることはなく、私も含めてほとんどの人が音楽を全身で受けとめていることが肌で感じられました。本編のラストとなったピアノ・ソロによる子守唄のようなメロディーの最後の一音が会場に溶け込んで消えていった時は、自然にスタンディング・オベーションとなりました。
カルロスがステージから退場しても鳴り止まない拍手。まだ、この充実した時間に浸っていたい・・・そんな観客の思いにカルロスもしっかりと応えてくれました。アンコールがなんと4曲。しかもここでゲスト・ミュージシャンの登場です。まずバンドネオン奏者の北村聡とのデュオで1曲。続いてヴォーカルの松田美緒が加わったトリオで1曲。そして北村が退き、松田とのデュオで『クレマ』の冒頭を飾った名曲「永遠の三つの願い」・・・これにはたまらないものがありましたね。最後はカルロスによるピアノ・ソロの小品で幕。終演後はサイン会も実施。私もジャケットにサインを書いてもらい、握手もしてもらいましたよ。まさに至福と呼ぶにふさわしい時間を過ごすことができました。またの来日を願ってやみません。